SUJY-Fantasy-Factory ~アンジェリーク、遥かなる時空の中で等の二次創作と、オリジナル小説のサイトです。

炎の氷獄

vol.3


 「惑星ニーグル」は、表面積の十分の九以上を海に覆われている。人の住める場所は限られているが、それでも人々は逞しく、大陸にしがみつくようにして生活していた。拙いながら“都市”をも造り出している。
 民に混乱を来すのを避けるためにも、一度海上に降りて、そこから目立たない方法で陸を目指すしかない。アンジェリークやレイチェルのように精神だけを飛ばすのは簡単だが、いざというとき、肉体がないのであれば何の役にも立たないからだ。
 リュミエール、オスカー、ヴィクトール、他調査員二名は、一度水中での機能も兼ね備えた宇宙船に乗り、海中に潜んでから、小型のボートに乗り換えることにした。モーターすら生み出されていないので、陸近くになったら手漕ぎに変えるしかないが、これで少しも時間が稼げる。
 人のいない、大海原が有り難かった。
 星の海を進んで行くと、ニーグルはほどなく一行の視界に捉えられた。
 青く、サファイアのように輝いている美しい星だ。
 大気圏に突入し、遙か下部に見える海原に向かって、一行の乗った船は下降していった。ノアを出てから僅か十数時間程である。アンジェリークの行方を案じてる者達にはもどかしいほど長い時間であるが、惑星間を移動した事を考えれば驚異的な時間だ。
 そして煙草を吸う程の時間で着水。
 遙かに横たわる水平線ばかりで、陸地らしきものはまるで見あたらない。

「ここからは水中を行きます」

 乗組員の一人が一同に向かい、言った。

「ここはニーグルで最大の陸地、トレア大陸よりほぼ二百キロの地点です」

 ノアを出発して、三人ともほとんど無言であった。
 だが、ここまで来て、突然に口を開いたのは、たおやかな水の守護聖であった。

「…オスカー……」

 突然に名を呼ばれ、振り向いたオスカーは酷く難しい顔をしている。
 何が気にくわないのか、スクリーンに広がる海上の風景を、眉根を寄せて眺めていた。

「……私が行くと言わなくても…、あなたは自分から言ったでしょう?」

 そう言ったリュミエールの表情は読めない。
 静かにスクリーンを見つめ、瞬き一つしなかった。
 …惑星の大半が海。
 まさにリュミエールにとってこれほど故郷によく似た環境はない。
 そんな惑星に降り立って、心躍らぬはずはないが、その表情を見る限り素直に喜んでいるふうにも見えなかった。…アンジェリークが行方不明……と言う最大の事件に直面しているという事実を除いても…、である。

「……こういう危険が伴う仕事は、俺の管轄だからな」

「それがなかったとしても……、きっと…」

「何が言いたい?」

「皆まで言わなくとも、分かってるはずです。…あなたは」

 妙に重苦しい空気が流れ、またしばし沈黙が訪れた。
 ヴィクトールはそんな二人のやりとりを静かに眺めたまま、思慮深い瞳を曇らせた。
 二人の仲がそれほど良いものであると言う話は聞かないが、これではまるで“犬猿の仲”である光と闇の確執よりも酷く思える。互いを強く意識しているのに、これまた強く意識しまいとしている。
 ヴィクトールは苦笑いを浮かべ、軽く溜息をついた。

(…恋敵と言うのは、こういうものなのか…?)

 そう。
 二人はアンジェリークを間にして、恋敵であった。
 そして、それは今でも続いているらしい。
 互いの牽制と、予想以上に早い女王試験の終わりで、アンジェリークの心を確認できぬまま、離れてしまう結果になったのである。二人の間にどういう絡みがあったのかヴィクトールは知らないが、早く歩み寄って欲しいと思う。
 一同無言の中、ボートに移る旨の連絡があり、三人はボートに乗り込んで陸地目指して船を後にした。






「何か手掛かり、ありましたか?」

 ヴィクトールは椅子に腰掛けながら、己の無収穫の喪失感を、他の誰かに期待することですり替えた。
 彼とて、自分の可愛い教え子が行方不明なのである。心配しないはずもない。
 ぎゅっと締め付けられる様な胸の痛みをそう思うことで自分を納得させているが、彼も秘かにアンジェリークを愛していた。

(か弱いあいつが……今頃どうしている…?)

 そのまま何のあてもなく飛び出していきそうな自分を戒めながら、ヴィクトールは向かい合っている二人の脇に坐る。

「この都市にベースを置いていたのは間違いないんだろうな?」

 オスカーはなみなみとビールの注がれたジョッキを片手に、ヴィクトールを睨み付けた。そしてそれに口を付けると一息に飲み干す。
 彼の傍らには同じジョッキがすでに五つも並んでいた。

(このペースで飲んでいたのか…)

 酔わずにいられない気持ちは、ヴィクトールも同じだ。そして、思い詰めて俯く水の守護聖も。彼ももうワインを瓶の半分程飲んでいる。酒を嗜まない彼が、である。

「そうだ。アンジェリークの一行から最後に連絡が入ったのはこの都市に間違いない。彼女たちはこの都市のどこかに泊まって、そこから毎日調査に行っていた」

 ヴィクトールは都市に着くなり手に入れたこの付近の地図を広げ、一つ一つ指し示しながら説明する。

「ここが今我々がいる宿だ。
 ─── アンジェリーク達が調査に出掛けていたと思われる場所はここ。
 この町から約15㎞程離れた所にある活火山」

「活火山? 危険な調査じゃないか!」

「ああ……。この活火山、数年間程活動していない。大規模な ─── 惑星の形すら変えてしまうかもしれない程の測定器の数値を示しておきながら、惑星のどこの火山も活動していない。海底火山の調査も予定していたが、まず、地表に現れている唯一の火山の調査を始めたんだ」

 オスカーはより一層顔を険しくし、ジョッキに残っていたビールを飲み干した。

「何度も言うが、どうして彼女を調査に行かせたんだ? 危険なのが目に見えてるじゃないか」

「そうだな……。それは分かっていた。………だが、彼女のあの顔を見たら誰も止めることは出来なかった」

「ヴィクトール……」

 リュミエールはあなたのせいじゃないというように、彼の肩に手を置く。

「たぶん……きっと……。アンジェリークは原因を知っていたのでしょう」

「……俺もそう思う」

「くそっっ!!」

 激しくテーブルにジョッキを叩き付ける。
 割れこそしなかったが、その音は周りにいる客を飛び上がらせ、一同の視線が彼らに集まった。

「…オスカー」

「部屋へ引き上げよう。あまり目立つようなことはまずい。……それでなくとも我々はかなりの注目を引いているようだからな」

 ヴィクトールは、その類い希な美貌で先程から密かに注目されている青年にちらりと目をやるが、当の本人はまるで気付いていないようだ。

「私は……少し夜風に当たってきたいのですが。ワインを………飲み過ぎたようです」

 それほどの危険はないと判断したヴィクトールは、頷くと、オスカーに手を添えて部屋に向かった。

(まさか……無謀なことは…なさらないだろう…)

 少なくとも、アンジェリークの行方がわかるまでは…。
 そうヴィクトールは思った。