「ジュリアス様…」
威風堂々と少し前を歩くジュリアスに小走りに近寄ったアンジェリークは、彼の腕に自分の腕を絡ませ、ぎゅっと抱きしめた。
「え゛っっ??」
突然の嬉しい感触。
腕に伝わる柔らかな温もりに、ジュリアスはギョッとなる。
薄暗い館の中。
光源は所々に灯る蝋燭を象った電飾のみ。
高級マンションを真似た内装であるが、いかにもそれらしく不気味におどろおどろしく造られ、その中を道を見つけながら進むというアトラクションである。
通れる道は一つ。
出てきたドアや通路を除いて、迷路のように行き止まりや通行不可能の場所が設定してあるが、うまく正規のコースに誘導されるように出来ている。
この謎解きミステリー感覚の幽霊屋敷はなかなかの人気なのである。雰囲気を大切にするために十分おきに一組しか客を入れないというのも魅力の一つで、カップルなどには爆発的な人気であった。連日長蛇の列を作っているというのも頷ける。
だが今日の客はジュリアスとアンジェリークしかいない。
先程からほめのかしているが、今日、このテーマパークはオスカーの手配によって二人の貸し切りにしてあるのであった。
そんな場になぜオリヴィエやリュミエールが侵入できたかというと、そこはそれ、女王陛下の御威光と言うやつである。
「恋人同士なんだもの…、腕ぐらい組まなくちゃ、ねぇ~ジュリアス様ぁ?」
いつになく甘えた声を出すアンジェリークに、ジュリアスが大袈裟なくらい動揺する。
「そっっ! ……」
「ジュリアス様ってばぁ」
「それは……、そう、そうだ。恋人同士であった。とっとととと当然だ。腕を……腕を組むぐらい……腕を………」
腕を組むことよりも、押し付けられた豊かな膨らみに気を取られているのであるが、当然、アンジェリークがそんなことに気づくよしもない。
幸か不幸か、ジュリアスが鼻血を吹くという醜態を晒しそうな、悩殺的な谷間は薄闇に紛れて白くぼんやりとしか見えない。
「うふふふふっ、嬉しい…。私…、ジュリアス様とこうして二人きりでいられるなんて…」
二人きりという言葉に再び狼狽えるジュリアス。
「こっ、こっち……であるなっ、さっ、行くぞ、アンジェリーク」
見事に動揺を晒して(…爆)、彼女を引っ張って導いた。
一階の探索は間もなく終わり、次のブースに移動する為のエレベーターに辿り着く。
「エレベーター……だな、これは……」
扉が開くと、紫外線の様な青いスポットライトが照らす長椅子が二脚、浮かび上がる。
「エレベーターに椅子…???」
実は次のブースからは椅子に乗って移動するのであるが、疑問符だらけのジュリアスに分かる筈もない。
「私……疲れちゃった……」
アンジェリークが促すので、取り敢えず坐ってみる。
椅子に腰掛けた途端、入ってきた扉が閉まり、二人は密室に閉じ込められてしまったのだ。
…次の瞬間。
音もなく正面の壁が上がり、スポットライトが消える。
「やぁ~~ん、真っ暗……」
怖いのか酒の勢いなのか、アンジェリークはジュリアスの首に腕を巻き付けて身体を擦り寄せてきた。
「う゛っっ!!!」
今度こそ、何かがつぶれた様な声を上げてジュリアスが硬直した。
もちろん、全身が……である。
聡明な皆様には『全身が……』の意味、お解り頂けたであろう。
先程から実にまずい状態にあったのだが、あろうことかアンジェリークは坐った状態の彼にしがみつくために彼の膝の間に身体を滑り込ませたのであった。
直接攻撃されてはたまらない。
椅子が動き出すと共にアンジェリークの膝が…………………………当たる。
経験も、実行に移せるだけの知識も乏しい彼にとって、硬直する意外の何が出来たであろう。
「どうして暗いのぉ~~、やぁ~~」
幽霊屋敷、ホラーハウスなのであるから、暗いのは至極当たり前のことと思うが。
………………ぐいぐい。
「ジュリアス様ぁ、何か言ってください~~」
………………ぐいっ、ぐい。
その状態で何か言えというほうに無理があろう。
「ジュリアス様ってばぁ~~~」
………………ぐいっ……。
何の反応もないジュリアスに業を煮やした彼女は、ぐいっと身体を起こし、両掌でジュリアスの顔を自分に向かせた。
「どうしたんですかぁ?」
どうしたもこうしたもない。
当たってるのだ。………膝が。
「ジュリアス様ぁ。…………………………あれ??」
ここにきて、膝に当たる堅い感触にようやく気付くアンジェリーク。
「なんだろ…? ジュリアス様ぁ、何か持ってますぅ~?」
ごそごそと自分の膝の辺りをまさぐり、不思議な堅い物体を探り当てる。
「っっ!!!」
声の無い慟哭。
それには頓着せず、アンジェリークは疑問の源をなで回しなおも気付かず言い募った。
「ポケットに何か入ってますよぉ~。……………守護聖の正装にポケットがあったんだぁ…」
わざと呆けているのなら。
彼女はまさに天才的な貴族キラー(…なんやそれっ??)、オスカーすら真っ青の守護聖殺しと言わねばならない。
酔っぱらってるのを差し引いても、天然の呆けがこれでは尚更始末が悪い。
「ねぇっ、ジュリアス様ぁ、どうしたんですかぁ? ジュリアス様ぁ」
ジュリアスにこれ以上何を求めよう……。
何を考える事も、硬直したまま動くことすらできぬ光の守護聖に謹んで黙祷を捧げよう。
二人を乗せた椅子はひとしきり勝手にアトラクションを回り続けて終点に達するまで、止まることはなかったのであった。
「オスカーの計画コースはだいたい想像がつくわ。次は絶対に観覧車だね」
オリヴィエは振り向いた。
「…あれっ?? リュミちゃん…??」
そこにいるはずのリュミエールの姿が見えない。
「一体どこにいっちゃったのかしら……。………!」
辺りをきょろきょろ探して見ると、それらしき人影が一人。
なんと、彼はホラーハウスの出口でなにやらがさごそとやっている。
「あららら……。何やってんのかな~~」
のんきそうな口調と裏腹に、慌てて手当たり次第に変装を始めると、オリヴィエも出口に向かった。
はっきり言って、リュミエールは何をしでかすか分からない所があるのである。
「ちょっと、何やってんのさ」
入口とは別の一角に客の乗った椅子が到着するブースがあり、そこに二人の従業員とともにリュミエールもいた…。
「あなた方二人はそちらの方を……。ベンチに坐らせて風に当たればよくなるでしょう」
そう言いながら…。
自分はちゃっかりアンジェリークを抱き上げ、何気ない足取りで階段を下りてくる。
あのまま。
ジュリアスは硬直したまま、どうやら忍耐の限界を超え、意識を失ったらしい。
アンジェリークはというと、ジュリアスに抱きついたまま爆睡状態。
リュミエールは気持ちよさそうに眠る彼女の顔を満足げに見おろすと、極上の微笑を浮かべた。
「さあ……、アンジェリーク……。もう大丈夫ですよ。私と、安全な所へ参りましょうね」
「…ちょっと…、リュミちゃん。それはないんじゃな~い?」
オリヴィエが彼の前に立ちはだかる。
「今回の計画はあくまでジュリアスとアンジェリークの仲が進展するのを妨害する、って、そういうことだったわよね。抜け駆けは……よくないことだよね…」
腕を組み、片足をパタパタ動かしている。
何を言ってもこの状況の説明は出来ないと、さらにオリヴィエに突っ込まれるだけであろうと悟ったリュミエールは、素早く目を配り、頭を働かせた。
オリヴィエは一応従業員の服を着てはいるが、大きくはだけた上着から除く派手な生地。それが彼のポリシーなのか、ジャラジャラと存在感をアピールするアクセサリー類。
どこからどう見ても変装ではなく、仮装にしか見えない。
それに気付いたリュミエールの瞳に喜色が浮かんだ。
「オリヴィエ……」
リュミエールは仕方なさそうな表情を浮かべると、えっこらジュリアスを運ぶ従業員二人にこう言った。
「何やら怪しげな人物が侵入しているようです。……その人の事は後にして、どうやらこの不法侵入者を取り押さえた方がいいようですね」
「え??」
思わぬリュミエールの反撃にさすがのオリヴィエも二の句が継げない。
「速やかに取り押さえなさい」
彼の言葉に二人の従業員は疑問を抱く事もなくオリヴィエに飛びかかった。
「ちょっとぉ~~!! なんなのよっっ!!」
リュミエールの言葉は表面穏やかではあるが、何か逆らえないオーラとでもいうおうか、とにかくそういったものが含まれていて、一般人が躊躇なく従わざるをえない迫力がある。…さすが優しさを司る水の守護聖(??? 意味不明…)。
守護聖と言えばオリヴィエもそうであるのだが、どうにもこうにも急な展開に頭の方がついていってないらしい。いつもの毒舌や人を丸め込む饒舌はおろか、レイピアの名手と言われた彼の動きもまったく乱れたものであった。
遊んでいる三人をよそに(どーにもそのようにしか見えない)、リュミエールは涼しい顔でアンジェを腕にしてすたすたと遠ざかる。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ! こらっ、何すんのっ! あたしは全然怪しくなんかないわよっっ! 離しなさいってば! アンジェが連れてかれちゃうじゃないの~~」
虚しくこだまする声を背に受けて、リュミエールの向かう先には紅に色づき始めた優美なキャッスルがそびえていた。
「………もうすぐ二人きりになれますよ。心配しないで下さい…、私は優しさを司る水の守護聖ですから……。怖い事なんて、何もありません…」
なんとなく悪役じみてきたリュミエール。
ジュリアスはこのままアンジェを奪われてしまうのか?
オスカーの出番は? オリヴィエは?
次回はいよいよ涙と感動の(???)最終回!!