「…私は、ジュリアス様からアンジェリークを奪い取ろうだなんて……そんなことは思ってませんが、……この思いは……永遠ですから…」
否定しながらも堂々たる宣戦布告のリュミエールである。
「オリヴィエの切ない気持ちも分かりますし……。あぁ…どうすればよいのでしょう…。それでも私はアンジェリークを諦めきれないのです」
とか何とか言いながら、手にした従業員の服にいそいそと着替えている。
「お前ら~~、二人の邪魔をする気だな」
「邪魔だなんて…、私は……私はただ、アンジェリークに毒牙が及ばないようにと…」
「それを世間では“邪魔”って言うんだっ」
「ふぅ~~ん……」
腕を組んで二人のやりとりを見ていたオリヴィエの瞳がきらりっと光る。
「あくまで、あんたはジュリアスとアンジェの仲を取り持つってゆーわけね?」
「当たり前だ! あの二人は恋人同士なんだぞっ!」
「あれを恋人同士って言うんなら、私とアンジェだって立派な恋人同士だわ」
オスカーが一瞬、オリヴィエとの会話に気を取られた時であった。
「あっっ!!」
するりっと縄が巻かれ、あっと言う間にぐるぐるの簀巻き状態。
おまけに猿ぐつわまでかまされ、茂みの間にけりっと転がされる。
「うぐっ!! うぐぐぐっぐ! うぐうぐぐぐっぐ!」
※注 訳(こら!! リュミエール! なにするんだ!)
すっかり従業員に姿を変えたリュミエールは、長い髪を帽子のなかにたくし上げながら、涼しい顔をしていった。
「こんな所で言い争いがおこるのは……悲しいことです。…ですから、これは止むを得ない処置と納得して下さい。…すいません、オスカー」
「うぐぐ“うぐぐぐぐぐぐっ”ぐ! うぐぐ、ぐぅぐぐぐっぐうぐぐっ!」
※注 訳(なにが“すいません”だ! これは、暴力じゃないのかっ!)
「暴力ではありません。必然的最終処置だと…思ってください」
「うぐぐぐぅー!! うぐぐうぐぐぐぐっー!!」
※注 訳(ばかやろー!! 早く縄をとけっー!!)
「それは……できません。少しだけ我慢してください。…私とて悲しいのです。こんなことをしなければならないなんて…」
言いながら、リュミエールは極上の笑みを浮かべた。
「うぐぐぐぅーー!!」
※注 訳(うそつけっーー!!)
オリヴィエの額にたらりっと汗が流れる。
「私は…、会話の通じてるらしいリュミちゃんが怖いわ…」
某国のクラッシックスタイルを忠実に再現したカフェテラス。
そこでは問題の二人、ジュリアスとアンジェリークが軽い昼食をとっていた。
薄くスライスした固めのパンに、肉や野菜などがたっぷりと挟んである。それをお行儀悪くかぶりつくのだ。
溢れ出して手や口に遠慮なくつくグレビーソースをペロリッと舐めて、アンジェリークは微笑んだ。
「ねっ? おいしいでしょ?」
「うむ」
ジュリアスもアンジェリークの真似をしてかぶりついた。
このような物も、食するのは初めてのことで、手に付いたソースを見て彼は軽いカルチャーショックを受けたが、いろいろと経験してきたばかりなので、何となくには楽しめるぐらいの余裕は出てきた。
「このようなものがこれほど……美味いとは」
ジュリアスの呟きを聞いてアンジェリークは再び微笑む。
「違うのよ、ジュリアス様。二人で食べるから……、だから美味しいの」
「…そうだな」
心を通わせた者同士のほのぼのとした雰囲気。
煌びやかな守護聖の正装のジュリアスと、いけてる(?!)アンジェリークの露出度の高い服装の二人は、ちょっと目には『何だこいつら…、なにもんだ?』としか思えないが、交わす視線ととろけそうな表情だけを見るに、一応恋人同士には見える。
遠目からもその感じが分かるだけに、カフェテラスの入口近くに身を潜めたオリヴィエとリュミエールはちっともおもしろく無かった。
「……ふっ……」
淋しそうにも悔しそうにもとれるリュミエールの微笑。
「……何か許せないわね~、おもしろくないわね~~、あの雰囲気。ジュリアスってばあんなに鼻の下をのばしちゃって……。……のわりに視線はアンジェの顔しか見てないけど……」
オリヴィエはしばらく眉をひそめていたが、やがてゆっくり喜色をのぼらせる。
「うふふ……。おもしろいこと…、考えちゃった」
何事かリュミエールの耳に囁くと、にんまりと不気味な笑いを浮かべるのであった。
「お客様……、こちらご注文の品、スペシャルカクテル『HONEYMOON』でございます…」
「うわっ…、きれい!」
アンジェリークが歓声を上げる。
「このようなもの頼んだ覚えは……」
皆まで言わせず、店員はジュリアスの手元にそっと何かを滑り込ませた。
「?!」
思わず店員の顔を見上げると、目深に帽子を被って顔を隠しているものの、何となく見知った者のような気がする。
そういえば声も耳にしたことがあるような気がするが、どうもピンとこない。
※注 [気付けよ…おいっ]
それは変装したリュミエールであるのだが、髪をたくし上げ、顔を隠し、服も違うので─── ジュリアスの場合、リュミエールは長い水色の髪、水の守護聖の正装、居る場所は聖地……の認識なのである(爆) ───よもや彼であるなどと想像も出来ないのである。オスカーの事が分かったのはやはり付き合いの深さの違いか…。
(オスカーの使いの者か……?)
ぐらいの甘い認識のまま、手元の何かをそっと見おろした。
それは一枚のカード。
『今日は二人の特別な日なので
これを作らせたのだ…のように
するとよいかと思います
BY オスカー』
(なるほど……)
いつもは「けしからん」とばかりに下界遊びを憤っているジュリアスであったが、伊達ではないな…などと妙に感心してしまう。
さすがは女性の扱いに慣れているとばかりに、上機嫌でその旨アンジェリークに文面通り語ると(カードの後半の部分はいかなジュリアスでも言わなかった)、案の定、彼女は感激に瞳を潤ませながら喜んだ。
「……嬉しい」
両手で顔を覆い、次の瞬間には涙の滴を振りこぼしながら彼に極上の笑顔を向ける。
「ありがとうございます! ジュリアス様」
グラスをちりんっと鳴らして乾杯すると、それを飲み干す。
ピンク色の綺麗な見かけと甘い口当たりに誤魔化されて、強いウォッカの味など感じる筈もない。
普通、こういったカフェテラスで酒類を提供するなどと言うことはあり得ない。せいぜいライトビールぐらいである。が、事情に疎いジュリアスや細かいことはあまり考えないアンジェリークにそれを気付け、と言うほうが無理である。
少々の酒を嗜むジュリアスはともかく、まったく下戸のアンジェリークは……。
嗚呼……。これからどうなるのか考えたくもない。
「行こうか」
あらかた食事を終えていた二人は立ち上がり、ジュリアスのリクエストであるホラーハウスに向かうことにする。
仲良く連れ立って歩く二人を遠目に、リュミエールは納得いかない表情を見せた。
「…あれに一体どのような効果があるのでしょうか?…」
「うふふ…、そーいえばリュミちゃんは知らないんだっけ。アンジェはねぇ、一滴でもお酒を飲むと……一見普通なのよ」
「はっ?」
「見た目は全然変わらないんだけど、からみ酒でさぁ…。ふっふっふ…」
何やら思いだし笑いなどをする。
どうも“アンジェ+酒”でいい思いをしたらしい。
「オリヴィエ……、それではアンジェリークを守ることなど出来ないのではないですか? 分からないうちにジュリアス様の毒牙にかかってしまうのでは……ああ…なんと言うことでしょう」
リュミエールは嘆きつつも夢の守護聖をキッと睨み付ける。
「どうするんですかっ? これから…。……こうなったら私は二人の前に姿を表します。そして偶然を装って同行するといたしましょう」
アンジェリークとジュリアスが遊園地にデートに出掛けたと言うのは聖地中が知ることであるから、偶然もへったくれもないのではあるが、この二人ならばすっきりと信じてしまいそうであるから怖い。
「大丈夫。ひとしきり絡んだ後は爆睡しちゃうのよ、彼女」
「えっ?」
「そして起きたらその間のことは何も覚えてないんだな~~」
「それは……」
気を取り直したリュミエールはやっと満面の笑みを浮かべる。
「少しおもしろ……いえ、多分大丈夫ですね」
眠っているアンジェリークにジュリアスがけしからん事をするなど絶対にありえない。それどころか考えつきもしないだろう。よしんば何かのはずみで───アンジェリークの挑発的な身体に我慢できなくなり…(爆)───思いついたとしても、自身の誇りにかけて、決して実行することはありえない。
「見物だわねぇ~~。あのジュリアスがアンジェの絡みにどこまで耐えられるか。やっと決心した時、アンジェはきっと爆睡よ。きゃははっ、そしてその後はな~んにも覚えないって寸法。目覚めて顔を合わせたとき、一体何が起こるのかしらねぇ~」
オリヴィエの巧妙な作戦に(悪巧みとも言う…)、果たして何も知らないジュリアスとアンジェリークは遠くに聳える不気味なマンション、このテーマパークの呼び物の一つであるホラーハウス目指して歩くのであった。
次回、エロテックミステリードラマ……
(んなわきゃないだろっ!)
やっぱりコメディ編に続く…