白と淡いブルーを基調にした優雅な室内。
豪奢なシャンデリアと幾つも置かれている銀の燭台。
品のいい装飾品や絵画が飾られ、それでいてすっきりとコーディネートされたキャッスルの見晴らしのいいスィートで、何やらごそごそ動く気配があった。
キャッスルで行われるアトラクションは下層の部屋のみしか使用せず、上層の豪華な幾つもの部屋はVIP用の休憩室のような用途に使われていた。
むろん今日このテーマパークには、従業員以外、先程からごちゃごちゃもめている彼らしかいないので、スィートの片隅でごちゃごちゃやっているのはその内の誰かであろう。
部屋の隅にはキングサイズのベッドが置かれている。
天蓋と柔らかなリンネルの幕に包まれて、その中にすやすやと眠り姫のように横たわる少女がいた。
いわずと知れた、アンジェリークである。
……となると、先程から部屋の片隅で何やらごそごそやっているのは水の守護聖リュミエールであろうか。
彼は幾つかの大きな鞄からいろいろなモノを取り出し、それをせっせとテーブルの上やそこかしこに並べ、ぶつぶつと呟いている。
「う~~ん……。ここではダメですね。……これはこちらに置いた方が……」
手にしているのはクリスタル製の大きな花瓶。
ご丁寧に色とりどりの花々までがテーブルに乗せられている。
よくよく見ると、鞄の中には装飾品やリネン類、彼ご愛用のハープ、あげくの果てには食器や何やら詰まっていそうな御弁当箱やら、ワインやらが一杯ごちゃごちゃと入っている。
見覚えのあるそれらは、どうやら彼が聖地からわざわざ運んできたものらしい……。
彼はあーでもないこーでもないぶつぶつ言いながら、しばらくするとやっと納得のいくセッティングが出来たのか、腰を伸ばしてふぅーと一息ついた。
「………これで、大丈夫」
何が大丈夫なのかにっこり微笑むと、ベッドの方を振り返る。
「ここには誰も来ませんからね。ゆっくりと……お話するとしましょう? アンジェリーク」
そう呟くと、ハープを取り上げ、静かな曲を奏で出す。
茜色に染まるレースのカーテンと室内。
仄かな蝋燭の灯りに写し出されて揺れる影。
切々と流れる美しいハープの調べ。
一見、とても優雅な、貴族的な夕暮れの光景ではあるが、よくよく見るとドアにはソファやテーブルのバリケード、バルコニーに通じる窓には釘で打ち付けた板、次の間や他の部屋に通じるドアにもこれまたバリケード……。
これだけを見ると、立て籠もった凶悪犯か、学生暴動の一幕を見ているような気もするが…。
あれから。
リュミエールがアンジェリークをさらってきてから小一時間ほどが経過しているが、眼下に騒動が起こった気配もなく、城内も静かなものである。
(あきらめた……訳はないですね…)
何となく焦りのようなものを感じ始め、リュミエールは彼女が起きるのを待たずに行動を開始する。
「……アンジェリーク」
ベッドの端に腰掛けたリュミエールは、そっとその耳元で彼女の名を呼んだ。
「アンジェリーク……、やっと二人きりになれました……。起きて下さい」
「…う……ぅん……ジュリアス……さ…ま…?」
一番聞きたくない名を呼ばれて、リュミエールの眉がぴくりと跳ねる。
「私の名前しか……呼べないようにしましょう……ね? アンジェリーク…」
両手で頬を包み込み、ゆっくりと顔を近づける。
「おぉっと……。それ以上はまずいよな……リュミエール」
「そうそう。そう上手くはイカのしっぽよ、リュミちゃん」
突然降ってきた声に、リュミエールは軽く舌打ちをする。
「……オリヴィエ。ちなみにイカにしっぽはありません」
「……だからなにっ?!」
一体どこから入ってきたのか……。
あらためて室内を見渡すと、なんと天井の一角の板が外されているではないか。
「リュミちゃんの考えることも、…お見通しよ。こーゆーのって『策に溢れる』ってゆーの?」
「『策に溺れる』…だっ」
「あら…? じゃあ、『猿もおだてりゃ木に登る』」
「『猿も木から落ちる』……では……?」
「くぅ~~! じゃ『弘法も筆の初おろし』!!」
「『弘法も筆の誤り』だ!! お前! わざとやってないか?! それにさりげなく意味違うぞっ」
「もーっ! どーでもいいのよっ、そんなことっ!」
オリヴィエとオスカーは、ベッドににじりよった。
「オリヴィエはともかく、オスカー……。どうやってあの縛めを? ……私……縛りには自信があったんですが………(意味不明…)」
問われてオスカーはふっと髪をかき上げ、ポーズを作る。
「偶然、ウエイトレスのお嬢さんが通りかかったのさ…。俺の澄んだ瞳に魅了されて、縄をほどいてくれた……という訳だ」
「あまりにも情けなくて同情してくれたんでしょ?」
「うるさいっ」
「取り敢えず、ねっ? 気はすんだでしょう? もう日暮れだし、当初の目的は果たしたんだから、よしとしようよ。ねっ? リュミちゃん? あんだだってアンジェを悲しませたくはないんだろう?」
オリヴィエの瞳に宿った真剣な光に、リュミエールは目を伏せた。
「お嬢ちゃんが目を覚ましたら悲しむと思うぜ。……優しさを司る水の守護聖がこんな誘拐じみたことをしたんだからな」
「…それは……」
オリヴィエはそっとリュミエールの肩に手を置く。
「あの子をさらってしまおうって思ったのはあんただけじゃないんだから…。でも……本当にそれをしたら……泣くのはきっとあの子だよ」
「……分かっています、けれど……」
オリヴィエは黙って頷いた。
「…まぁ、『やってしまえばこっちのもの』って考え方は俺と通じるものがあるがな。…いてっ!! 何すんだオリヴィエ!」
「ったく…。言うこととやることがずぇーんぜんっ、違うんだからっ!」
「当たり前だっ。やっちゃぁ、…おしまいだよ…」
「ふんっ。それでもいいって……思ってるくせにっ」
「……俺にあって、お前らにないものを教えてやろうか」
「何よそれ。…スケベ心とテクニック…なんて言ったらぶつわよ」
「……忠誠心と誠実さだ」
オスカーの自信ありげな言葉にオリヴィエとリュミエールは目を丸くした。
「……ばっかじゃないの」
「何っ?」
「私達だって立派にあるわよ。…ただ、それの向いてる先が違うってこと」
オリヴィエの言葉にリュミエールも相づちを打つ。
「そう、私も……アンジェリークには誠実でありたいと………」
言いながら、はっと気付いたように顔を上げたリュミエールはアンジェリークの寝顔を見つめる。
「……結局私達に出来る精一杯の抵抗は……」
リュミエールは顔を上げ淋しそうに呟いた。
「道化たふりをしてささやかに二人の邪魔をすること……だけなのですね」
その呟きにオスカーが苦笑いを浮かべ、そっと思った。
これがささやかな邪魔……なのか…
と。
「はれ…………??」
まだよく開かない目をこすりながらアンジェリークは身体を起こした。
「ここって……?? あれっ? あれっ?」
ジュリアスとカフェで軽い昼食を取った後の記憶がない。
なんとなく二人でどこかへ行ったような気もするが、それも定かではなかった。
夢と現実が飽和状態の頭を傾げながら、アンジェリークは回りを見渡す。
「プライベート・シップの中……?」
いつの間に乗ったんだろうか?
そこはこの星に来るために乗ってきた、守護聖専用のVIP用宇宙艇の中であった。
暗く蒼く深い、星々を散りばめた宇宙空間が広がっているばかりで、今までいた星すらどこにあるのか分からない。
「どーして? 私……眠っちゃったの……?」
あれからの記憶がないのは不思議ではあるが、もともと彼女、あまり物事を深く考えない。
とっても残念ではあるが、隣にすやすやと気を失ったように眠っているジュリアスがいることを確認すると、ほっと一息ついた。(事実、気を失っていたのであるが…)
兎にも角にもジュリアスが一緒にいるのであれば、何も憂う事はない。
アンジェリークは誰をも魅了する天使の笑顔 ─── それは今ジュリアスだけのものであるが ─── で光の守護聖を見おろすと、そおーっと顔を近づける。
「いろんなこといっぱいあった一日だったけど……、ジュリアス様にはとうとう……言ってもらえなかったけど……」
少し青ざめた頬にその桜色の唇を押し付ける。
「でも……とっても……楽しかった。……ジュリアス様…、ありがとうございます」
その暖かい感触に正気を取り戻したのか、呻って目覚めそうな気配にアンジェリークは慌てて反対を向いて寝た振りをする。
この状態で目があったら恥ずかしいのであろう。
悪戯心もあったかもしれない。
狸寝入りをした正にその時、ジュリアスの瞼が二、三度瞬いてからゆっくり開かれ、彼はアンジェリークと同じように回りを見渡した。
「ここは……宇宙艇の中……?」
ひとしきり考えを巡らせるが、さっぱり分からない。
思い当たる節はオスカーしかないので、多分彼がよしなに計らったのであろう。
隣には無事にアンジェリークも眠っているようであるし、あれ以上まずいことは起こらなかったようであるから…と漠然と思い、それで由とする。
こういった所は人の上に立つものの性であるのか、部下の苦労などそれほど身を以て実感できないのであった。
─── 彼の名誉に関わるので一言付け加えておくが、彼は上司としては世のそれよりはずっと部下達のことを考えているのである。だが、心で思うのと、実体験として感じるのとでは差がある……と言うことである ───
見おろすジュリアスの表情が曇る。
柔らかく波打つ金色の髪が目に入り、ジュリアスの表情はさらに苦しげに歪められた。
(どうしてこうなってしまうのだろう…?)
女王候補時代から、彼女に関してだけはどうしても自分の考え通りに進まない。
己のペースを崩されっぱなしで、最終的にはそのまま何も変わりはしない。
意を決して自分が愛の告白をしようとしたときも、何度挫けたことか…。
それでもどうにかやっと自分の思いを伝え、彼女も自分を愛してくれていると知ったとき、どれほど……それこそ天にも昇る心地だった。
しかし、それもつかの間。
今度は恋人としてどう彼女と接すればいいのか分からなかった。
普通の恋人達とは、一体どういう風に時を過ごしているのであろうか?
オスカーの言う通り、優しい言葉を掛けて何気なく抱き寄せてやるぐらいのことが出来れば、これほど悩むことはないのであろうが…。
などと苦笑してみる。
もしも……。抱き寄せて口付けでもしようものなら…。
多分それこそ、それ以上のとんでもないことをしでかしてしまうに違いない。
結婚式を挙げるまでは清く、正しく…
それが彼が受けた教育であり、道徳である。
実際に愛する女性を前にしたとき、どれほど自分の教育が無力であったか、今日という今日はとことん思い知らされた気分だ。
(こんな私に……、さすがのアンジェリークも愛想を尽かしたであろうな……)
自分でさえそう思う。
普通の恋人としてすら接せられない己。
「すまない……」
想いが声になって漏れていた。
守護聖の首座としての威厳も誇りも、アンジェリークの前では何の意味もないではないか…。
そう思って告白した時の気持ちを、ずっと忘れていたような気がする。否、ずっと取り繕っていた。
「私は……お前の恋人として…失格かもしれぬな……。楽しませてやることすら、出来ぬとは。……だが、お前がこんな私に愛想を尽かそうとも……私は……お前を愛している」
誰に言うともなく呟く。
「……うっ、うえぇぇぇん…」
いきなり、眠っていたと思っていたアンジェリークが泣き出した。
「あっ、アンジェリークっ! 起きていたのかっ」
「……ジュリアス様ぁっ」
さすがに狸寝入りを続けることが出来なくなって、アンジェリークはジュリアスの胸に飛び込んだ。
「私……私…、やっと分かった…。……ひっく」
彼女は泣きじゃくりながら、ジュリアスを見上げる。
「無理にいつもと……違うこと……、しようとしなくったって、……私……ジュリアス様と一緒にいれば…いいんだって。……無理に言葉にしてもらおうとしなくったって……、そばにいれば……よかったんだって……」
「…アンジェリーク……」
ジュリアスは優しく金の頭を撫で、そして頬に手を滑らせた。
「言葉にしなくとも解っていると思っていたのは私の過ちだ。……私もそなたと同じだ。……お前の気持ちを解ってやることが出来ないでいたのだ」
涙をぼろぼろこぼしたままの瞳を精一杯見開いて、碧い瞳を真っ直ぐ見返すアンジェリーク。
「ジュリアス様……、愛してます…」
「アンジェリーク…、愛している。……口付けてもよいか?」
アンジェリークは黙って頷くと、ゆっくりと瞼を閉じた。
ジュリアスも決心した。
……己の感情のままに行くのも、…よいではないか…。
ゆっくりと顔が近づいて行く。
あと、僅か数センチのところで………
『どぉうわぁっっ!』
数人の音声と破壊音とともに僅かなスペースである貨物室の扉が外れ。
「うっ!!」
「きゃっ!!」
ジュリアスとアンジェリークが驚いてそちらを向くと、折り重なるようにして見知った顔々がそこにいた。
「オスカー様っ」
「や、やぁ…アンジェリーク」
「オリヴィエ様っ」
「やっほー」
「リュミエール様っ」
「……こんばんは、アンジェリーク」
名前を呼ばれた守護聖たちは一応に答え、狭い───二人乗り用のシップに五人もいるのであるから当然であるが───船内、取り敢えず自分の居場所を求めてあーだこーだとざわめき合う。
「おっ、お前達………なぜ…………! 今の……」
「それなのよぉ、ジュリアス。実はさ、あたしとリュミちゃんは、ゼフェルの用意してくれた船できたんだけどね…」
「すいません、ジュリアス様。私は……その……最初からここに隠れて……」
「そのゼフェルがね、どうも私たちが降りたらリモートで主星に戻るようにセットしておいたらしいのよ。いざ帰ろうと思ったら、船がなくて…。しょうがないでしょ。私たちをあの星に置き去りにしたら、宇宙でいっちばん美しいものがなくなっちゃうのよ~」
「私は、来たくなかったのですが……。オリヴィエがぜひ一緒にと……」
「あっら~、リュミちゃん、一人だけいいこぶっちゃって」
「申し訳有りません、ジュリアス様。この様な事態になった事、すべて私の責任です」
「………もうよい」
「やだっ、よくないわよ。こんな狭い所にいたから、汚い男にくっついちゃって、気持ち悪いったら、ないったら…」
「それはこっちのセリフだっ」
「私も…。出来れば麗しい女性の方が…。いえ、良いのですけど…」
「きゃ~ぁん、リュミちゃんも言うわねぇ~」
「…黙らんと、船から放り出すぞ…」
いつもの怒りよりも……。
さらに数倍危険なものをはらんだジュリアスの声に、さすがに三人ともやばいと感じたのか、貝のように口をつぐむ。
「ジュリアス様…? 大丈夫ですか?」
アンジェリークの心配そうな声がする。
その声の主を幾分名残惜しげに見つめ、光の守護聖は深く溜息をついた。
(折角……、決心したのに…)
愛の果てはまだまだ遠く、それを極めるにはまだ、苦悩の日々が続きそうだ。
ささやかな邪魔も……続くであろう。
光の守護聖は当分の間、奮闘しなくてはならないようである。
FIN
祝! 最終回!
なんだか途中で終わるのかな…なんて不安になったりしたけど、取り敢えずこれでこのお話はおしまい。
ちょっと話がだらだらしちゃったとこ、表現不足なとこ、その他諸々の不都合には目をつぶって、(…えっ? だめ?)
コメディだと笑い飛ばして下さい。
尚、ここに出演なさってる方々は、このシナリオの為に演技なさっております。
決して本当の彼らではありません(^o^;;
苦情は嫌ですけど(…わがまま?)感想が欲しいなっ。良かったらメッセージ、メール下さい。お返事確実です。
そして今後のジュリアス様の奮闘をお祈り致します。アーメン。
BY CLOVE