「あっ、あっ、あんじぇ…りーく…。一体その格好は……?」
光の守護聖ジュリアスは少々…、というか相当面食らったようで、目を見開いて思わず息を飲んだ。
「えっ? これ? とっても素敵でしょう? オリヴィエ様がデートの為に…って、新調して下さったの。メイクもコーディネイトもオリヴィエ様よ。さすが美しさを誇る守護聖様よね…」
VIP用の小型宇宙艇で、星の半分以上がテーマパークで占められているという、惑星ディズに降り立った二人は、ちょっと汗ばむくらいの陽気に羽織っていた上着を脱いだ。
白いレース使いのボレロを脱いだアンジェリークであったが、その姿を見るや否やジュリアスの口をついて出た言葉がそれであった。
ふんだんにレースとフリルを使ったローズピンクのビスチェとミニスカート。
ウエストをきゅっと絞め、肩や足、胸元を惜しげもなく晒している。
まるで下着姿を見ている様で、ジュリアスの視線は行き場無く彷徨う。
「…ジュリアス様?」
「あっ? ああ…」
普段からミニのスカートは結構はいているが、こうまで肩や胸の方まで露出した装いは初めてだ。ふっと視線が胸元に落ちる。絞られてきゅっと盛り上がった胸をローズピンクのビスチェが妙に艶めかしさを誘い、ジュリアスは慌てて視線をそらした。
「ジュリアス様って……、どこに出かけるのもその格好なんですか?」
聖地を出る時からアンジェリークは気になっていたのだが、今日のジュリアスの装いはいつもの守護聖の正装である。
「そうだ。守護聖たるものいつ何時もその立場にいる事を忘れてはならぬ。この正装はその証だ」
思わず説教口調になるジュリアスである。
「そう…ですか。……うん、でもいいです。ジュリアス様、とってもお似合いだから」
「でっ、では…まいろうか…」
「はいっ!」
元気良く歩くアンジェリークの勢いに引きずられるように、ジュリアスはなんとなく重い足取りで進む。
(い、いかん…。このままでは聖地となんら変わりはないではないか。なんとかせねば…。……そう、きちんと計画通りに……最初は…レビューを見るんだったな)
オスカーからこのパークのパンフレットをもらい、彼と共にコース立てをした。
まずレビューを見る。それからこのテーマパークのメインであるパレード。次はエキゾチックなレストランで昼食を取りながらのショーの見学。ホラーハウス、観覧車と続き、夕暮れには中央にそびえるキャッスルで黄昏行くパークを眺め、最後は昼のパレードが夜に衣替えしてとてもロマンチックなムードを楽しみながらの夕食。
これでばっちりのはずである。
もちろん、合間にカフェでのお茶を忘れずに、決めの甘い言葉を忘れずに…。とのオスカーのアドバイスである。
『ちょっとの隙も逃さずに、そっと肩を抱いてあげる』のが、ムードを出すこつだそうだ。
この完璧な計画ならば、ジュリアスの最終目標であるキスの一つや二つ、簡単に出来そうだった。いや、彼は絶対に大丈夫だと信じていた。
「…アンジェリーク……その…れ」
「あっ! ジュリアス様! あれ乗りましょ!」
いいかけたジュリアスを遮って、アンジェリークが飛び跳ねるようにして指さした先には、くるくると回る馬たちがいた。
「…なんだ? あれは? 馬が回っているぞ」
「ふふふっ、あれはメリーゴーランド。ねっ、早くぅジュリアス様」
瞳をきらきらさせて、腕を引っ張るアンジェリークに逆らえる筈もなく、とにかくジュリアスはその物体に乗ることになってしまった。
「ジュリアス様はやっぱり白馬よね。私は隣のこれに乗ります」
手際よくさっさと決めて乗り込むアンジェリーク。
「こっこれに乗るのか……。何だか妙な気分だな」
ずるずると衣装をたくし上げて引け腰で乗り込むジュリアス。
やがて木馬は回りだし、二人の乗った馬も上下する。
「……なんだ、これは?」
「だから、メリーゴーランドです」
「それはもう聞いた。だが、これはこれだけか?」
「はい。こうして光の中をくるくると回る……。…ふうっ、とってもロマンチックですよね?」
「…ふむ」
軽やかな音楽と光の洪水の中、くるくると上下しながら回る回転木馬。
麗しい光の守護聖は似合うと思いきや、何故か妙に悪目立ちする。
こんな時でも彼は姿勢をびっと正し、正面を見据えているのだ。守護聖の正装もどうやら違和感を与えてる要因の一つであるらしい。
「……」
アンジェリークは溜息をついた。
(なんか違うわ…、なんか…)
「ジュリアス様…、ねっ? 次はあれに乗りましょ」
気を取り直したアンジェリークが指を指したのは、大きなコーヒーカップが並ぶ遊具であった。
「……? 私には、あれはどう見てもコーヒーカップに見えるが…?」
「そうですっ! …なんだ、ジュリアス様わかってるじゃないですか」
わかっている事実の相違に気付かないアンジェリークであった。
「仕方ない、では行くぞ、アンジェリーク」
抵抗出来ぬジュリアスは、取り敢えず彼女に付き合うことにしたらしい。二つ返事でそちらの方へ歩いて行く。
だが、その時アンジェリークは不思議な違和感にやっと気付いた。
「ねえジュリアス様…。私、何だかさっきから変だなって思ってたんですけど、この遊園地、全然人がいないですよね……。何でなんでしょう?」
※注1[普通、遊園地に入った時点で気付くべき事実である。]
「そうか? ……ほら、あそこにいるではないか」
指さした先は、遊具を動かす係員がじれったそうにこっちを見ている。
※注2[……全然、事実を認識してない。]
「あっ、ほんと」
※注3[納得できるのかっ、それで!]
この驚くべきカップルは、どういうことかそれで納得し、早速コーヒーカップに乗り込んだ。ジュリアスは先程の経験があるので、アンジェリークの好む乗り物が『そういうものか』と納得している。一番外側の、ブルーのラインがはいったカップに乗り込むと、
「ここの方が景色がよく見えるだろう」
と宣った。
少し離れた茂みの中。
そっと二人を見守る視線があった。
言わずと知れたオスカーである。
どうしても気になって気になっていてもたってもいられないオスカーは、とうとう二人の後を追って遊園地に来てしまった。だがまさか二人の前に出るわけにはいかない。結果としてこのようにまるで覗きのような(覗きそのものなのだが…)ことをする羽目になってしまったのである。
「ここからじゃ二人の話が聞こえないが仕方ない、これ以上近づくと気付かれてしまうからな…」
遠目に二人を見ると、何やらジュリアスがアンジェリークの手をとり、コーヒーカップに乗せている。
「…くっそー……。ジュリアス様、うまくやってるらしいな…。うらやましい……。あっ、あんなにそばに坐って……。…確かに坐るときは隣に坐れといったのはオレだが…」
目立たぬようにとパークの従業員が着ているつなぎを着用し、人相を隠すためにサングラスをして、茂みにかがみ込んで様子をうかがいながら何やら独り言をぶつぶつ呟く様はあからさまに怪しく、思いっきり目立っているのであるが、本人はそう感じていないらしい。他の客がいないことが、唯一の救いである。
そうこうしているうちにコーヒーカップはゆっくりと回り出す。
「ふむぅ…、これはなかなか快適かもしれぬな。少なくとも先程の馬よりはよほど乗り心地が良い」
ジュリアスは自分がどれ程回りから浮いているかなど気にもとめず、徐々に速度が上がるカップの上でくつろいだ。
メリーゴーランドのレベルと同程度ならば、少しは余裕があるだろうと鷹をくくっていた。
(次は…、肩を抱き寄せればよいのだな…)
オスカーに言われた通り、ジュリアスはそっと手を伸ばしかけた。
その時である。
「ジュリアス様、これを回すともっと回るのよ」
中心にあるハンドルに手を掛け、えいっとばかりに回すアンジェリーク。
「どぅわっっ!!」
勢い良くカップが回ると同時に、どこにも掴まっていなかったジュリアスはバランスを崩してアンジェリークにぶつかった。
「きゃぁぁぁ!」
何と、彼の顔が突っ伏した先には、ふっくらとしたクッションがあったのである。
「いやぁ~ん! ジュリアス様!」
「うわぁぁぁ!」
アンジェリークに負けず劣らず狼狽したジュリアスは、体勢を立て直そうとしてなおさら妙な所に手を掛けて彼女に悲鳴を上げさせた。
「なっ……何やってんだ……あの二人は……」
オスカーから見ると、二人分の手と頭とが出たり引っ込んだりしているようにしか見えない。
「まさか……溺れてる訳じゃあるまいに…」
たらり、とこめかみに汗が一筋流れるのを感じた。
「ジュリアス様に限って……こんな人前で押し倒すようなまねは……」
やはり発想がそこにいってしまうオスカーである。だが、今回は当たらずとも遠からずといったところか。
ようやく回転が止まって二人が降りてきたとき、なんとも異様な雰囲気が漂っていた。
「す、すまぬ…。この様な事態に陥るとは……」
「いいんです…、事故ですから…」
にこにこ笑いながらも微妙に引きつった笑顔のアンジェリークであった。
(いかん……。このままではキスはおろか、ムードなど欠片もないではないか。…この光の守護聖ジュリアスともあろうものが、エスコート一つ出来ぬなどとはっ。……だが……柔らかくて…心地よい感触であったな……)
何げに、頬に残る感触に想いを馳せると、自然と顔が緩んでくる。
「ジュリアス様?」
「あっ!、ああぁぁ……、いや、何でもない」
威厳も誇りもへったくれもない自身の顔を気合いを入れて引き締める。
「次は…なんだ?」
アンジェリークが指さした場所は、まるで蛇のようにくねくねと渦巻く奇怪な物体が横たわっていたのである。
互いの思惑通りに進まないまま、次回へ続く…