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闇の獣  ~the beast of dusk~ 


vol.8


「……ということです。私の処分はいかようにも…。謹んでお受けいたします」

 オスカーが昨夜の出来事を淡々と報告する。
 その声に黙って耳を傾けていたジュリアスは、『処分』という言葉にぴくりと眉を動かした。

「処分の必要がどこにある。私にはおまえも“ディザイア”の被害者のように思うが……?」

「ですがジュリアス様、私は女王候補に不埒な振る舞いを……」

「それを言うならば、今まで被害にあった人達をも処罰せねばなるまい」

「………」

 オスカーは俯いたまま剣の柄をぎゅっと握り締める。

「それよりも、今お前が考えねばならぬことは別にある。
 防ぐ術のない精神界からの侵入にどうやって抵抗すればよいのか……。そのことではないか?」

「……」

 オスカーは黙って頭を下げた。
 アンジェリークの話によると、クラヴィスの意識は明け方近く、再び眠るように失われていったという。

(アンジェリーク………)

 その時彼女は一体何を思っていたのだろうか?
 オスカーはやり切れない想いに拳を握り締め、震わせた。

「今朝、お前が来る前に、アンジェリークから申し出があった」

「アン…ジェリークから……ですか?」

 では彼女は、早朝オスカーのところに来てクラヴィスの意識がまた失われたことを告げ、その足でジュリアスのところに向かったというのか。

「アンジェリークは………、女王陛下への目通りを願い出た」

「!!」

(アンジェリークっ、君はっっ?)

 複雑に荒れ狂っているだろう彼女の心中を考えると、オスカーは何故か全身に震えが走り出すのを止めることが出来なかった。

 守護聖、女王候補、その他女王試験に携わる関係者に召集の命が下ったのは、その日の午後のことであった。
 未だ終了していないはずの試験の終了が、女王陛下の勅命によって告げられ、飛空都市からの撤退が言い渡される。
 本当は大陸の民が到達しなければ力の満ちることのない中の島の、そこから飛空都市へと延びる空間が開かれ、疲れきった宇宙から全ての星々の移動が始まるのだ。
 その奇跡を起こすのは新しい女王陛下……。
 ─── アンジェリークだった。
奇跡は、始まった。
 ………そしてそれから、新しい女王陛下は、闇の守護聖の元に通わなくなった。

「女王陛下は……いや、元女王陛下は一体何をお考えなのだ? そして現女王陛下もっっ………」

「ジュリアス……」

 ジュリアスはやり切れなさに拳を震わせ、テーブルを叩かんばかりだった。上に乗ったティーカップが彼の手の震えを伝わせてカチャカチャと音を立てる。

「一体あの日、お二人は何を話したっ。
 ……何も変わらない…っ、クラヴィスは相変わらず眠ったまま、聖地は何事もなかったかのように新しく力に満ちた宇宙を見下ろしているっっ。
 …ただ一つ………。新女王陛下がクラヴィスの床に足も向けぬことを除けば……だがっ」

「ジュリアス……」

 ルヴァは心配そうに、しかしそれでも何か言いたげにジュリアスの顔を上目づかいに覗きこんでは言葉を飲みこむ。

「決して新女王陛下を批判しているわけではないっ。あの方の信じられぬ程の力は、分かりすぎるほど分かっているのだ。だが、それは尋常でない力だ。
 ……あの時、陛下とロザリアの力はまだ五分五分だった。贔屓目にみても、僅かに上回っている程度だった。それが何故? ─── クラヴィスへの思い一つであれだけの力が出るものなのか?
 確かに愛の力は我々の想像をも絶する力を発揮することがあるであろう。
 したが、私は納得がいかぬのだっ。
 何故、陛下は……、アンジェリークは、
 そうまでして女王にならねばならなかったのだっ?
 そして、何故今になってクラヴィスの元を訪れぬっ?」

「………私には……、分かるような気もしますよ、ジュリアス」

 ルヴァは静かな面を崩さぬままで、すでに冷めかけたカップの中身を飲み干すと相席の二人の顔を交互にみつめた。
 先ほどから苦悩の表情を浮かべたまま話しつづけるジュリアスと、そしてかつて女王補佐官であったディアだった。
 ディアはカップのお茶にも手をつけず、口を固く結んだまま俯いている。

「何故、元女王陛下は何も仰らぬ? 何故、この聖地に未だ留まり続けている?
 そして……、こともあろうに今度は祝賀パーティーだと!?
 新宇宙に転移してからまだ一月余り。確かに陛下はその信じられぬ程の力であっという間に宇宙全体を掌握し平定した。しかしだからといって、まだこまごまとした雑事は残っているっ。それなのに……………だ。
 もう私の理解の範疇を超えているっ。………本当に彼女達は一体何を…………」

 ジュリアスの感情を抑えた声音に、ディアは観念したようにゆっくりと顔を上げたが、その表情は固く強張ったままだった。

「……何も………。新女王陛下も、アンジェリークも………。私には……何も仰ってくれません…。
 私も……一体どうすればいいのか………」

 補佐官であることを除いても、親友であるディアに何も打ち明けないのであれば、ジュリアスなどの預かり知る事でない………ということだろう。
 しかしそれではジュリアスが、首座の守護聖として納得いかないのは当然だった。
 いや、納得いかないのは首座としてのジュリアスか…。
 それともクラヴィスの事を心配してか、はたまたアンジェリークの身を心配してか………。
 いずれにしろ、常になく冷静さを欠いているのは事実である。
 それは彼だけでなく、聖地中がなにやら不安な予兆めいたものに包まれ、表だった平和とは裏腹に緊迫しているのは確かであった。
『何かが起こる』………と。
 苛ついているジュリアスを尻目に、こんな中にあっても自分のペースを崩さないルヴァが冷めかけたお茶をすすりながらつぶやく。

「いずれにしろ……、私達には見ていることしか、出来ないでしょうねぇ。
 ………でもね、ジュリアス、ディア、……。
 私はこの事件の根が、一見深いもののように見えてその実もっとも単純なもので……、いえ、実はそれが一番扱いにくいんですがね、本当に子供じみた狂気の上に乗っているとしか思えないんですよ。
 ……あの、以前の事件もそうでした。
 ソリティアは………ただ帰りたかった……」

「では、このディザイアは、クラヴィスを捕獲して己のものにする事だけが目的なのか?」

「まさにジュリアス、問題はそこですよ。
 クラヴィスだけが目的なら、もうディザイアは出現しないはずです。しかし現にディザイアは、この聖地にまでちょくちょく顔を出し、前に比べて少なくなりはしたものの、相変わらず事件を起こしている…」

「ならば………」

「ええ……。単純な意志……であるからゆえに私達にとって理解不能な意志がもう一つ絡んでいると、私は思っているんですがね」

「ま……まさか……今一つの意志の望みは…」

 ルヴァはお茶をすすりながら、何度も頷いた。

「ええ、ええ…。あなたの想像は間違いないでしょうね」

 顔面を蒼白にして強張らせたまま、ジュリアスは唐突に席を立つ。
 そしていとまの言葉もいわず、ルヴァとディアを残したまま部屋を出ていった。

「あの……ですね…、ディア?」

 先ほどまでマイペースを崩すことのなかったルヴァは、深い疲れの色をその表情に浮かばせていた。
 ディアは黙ったまま彼の言葉を待つ。

「あなたと前女王陛下が候補としてこの聖地に呼ばれた時……、私はね、……取り返しのつかない過ちを、…おかしてしまったんですよ」

「………クラヴィスと…、陛下…、アンジェリークのことでしょう?」

「知っていたんですか………」

 ディアは悲しげに微笑みながら、目を伏せた。

「アンジェリークが…、全て打ち明けてくれました。
『私自身の愛は、愛するもの全ての上にある』……と、そう言って彼女は宣誓の儀に行きました。その時私は……彼女の中の淡い恋心は、結末を知ったのだと……そう思ったんですわ」

「私がクラヴィスをけしかけたんですよ…。
 あの頃の彼はまだ自分自身の闇の中に留まっていなかった。陛下を愛するが故に悩み、苦しんで……。そんな彼を黙って見ていることが出来なかったんですよ、私は…ね?」

「ルヴァ……」

「詳しい事は分かりません。クラヴィスは何も話してくれないものですからねー。
 ただ……。…クラヴィスが自分の心を伝えに行った後、とても幸せそうにしていたこと、そしてその幾日か後の即位の日の前日に……、もう自身を閉ざしてしまっていたということだけしか……私は分かりませんでした。
 そして、彼女は即位した……」

 ルヴァはカップを両手で握り締め、冷めた中身に視線を落とす。

「もしもあの時、私がクラヴィスに余計な進言などせず、彼らの心に任せていたら…、ひょっとして二人が傷つくことはなかったでしょうね」

「いいえっっ! いいえっ」

 突如、悲鳴に近いディアの声が静かな午後のテラスを引き裂いた。

「……あ……ごめんなさい、ルヴァ…。恥ずかしいわ……つい興奮してしまって…。
 でも、あの時二人の間を分かった原因は、……実は私にもあるんですわ。
 同じ女王候補として聖地に呼ばれながら、私は女王になるなんて考えもしなかった。それどころか、とても恐ろしかった……。全ての頂点に立つものだけが知る孤独、そして宇宙を支える重責に耐える勇気がなかったんです。それを知ったアンジェリークは……」

「ディア……」

 ルヴァは微かに震えるディアの肩にそっと手をかける。
 その暖かな手に、彼女はゆっくりと顔を上げた。

「そしてもう一つ……。クラヴィスとアンジェリークの間を叱咤した者がいたのですわ。宇宙の頂点に立つもの達が恋愛ごとにうつつを抜かすなど言語道断だ………と」

「それはもしや……」

「ええ。お察しの通り……。ジュリアス……ですわ」

 ルヴァは悲しげに眉を寄せるしか出来なかった。
 この悲劇の種は遥か昔に蒔かれ、数々の要因を吸い込んでどんどん成長して行ったのだ。花開くためにどれほどの人々の心が必要だったのか……、それは分からないが、今になってみればそれは起こるべくして起こった事件であり、誰にも止められなかっただろうこと。
 ……そう、クラヴィスが再び金の髪の女王候補に心惹かれ、いやそれ以上に愛してしまったことも……である。

「私達には、見守ることしか、出来ないでしょうね………」

 ルヴァは今日幾度目になるか分からない深いため息をついた。



 祝賀パーティは、人々が思いもしなかった重要事項を勅旨するための宴だった。

「女王の交代が決定しました。
 新女王に女王補佐官であるロザリアを任命します。
 ─── ………ロザリア、…」

 アンジェリークの翡翠の瞳を見つめていたロザリアは、その瞳の奥にある何かをもう一度確認しながら、それでも戸惑いながらこっくりと頷く。

「………はい。不肖、ロザリア・デ・カタルヘナ、謹んで拝命いたします」

 その瞬間、女王であったアンジェリークはその任を解き、玉座にはロザリアが座ることとなった。
 誰も何も言えなかった。
 理由を問いただすことさえ忘れ、ただ事の成り行きを呆然として見つめていただけであった。

「どうして…………?」

 それだけの言葉をようやくのことで紡ぎ出したのは、光の守護聖であった。

「私の、女王としてのサクリアはもう尽きようとしているの…。分かりますよね? ジュリアス様?」

 アンジェリークは静かに微笑を湛えてそう言った。

「で、ですがまだ、即位して一ヶ月。そんな前例はありません………っ!」

 ジュリアスは抗議しかけてはっと気付いた。
 中の島に民が達していないにも関わらずに開いた、宇宙規模の次元の通路。
 民が達してさえいれば、新しい宇宙からのエネルギーが無理無く次元の通路を開いたであろうに……。
 そして星々を無理矢理に近い力で新宇宙に吸引した。
 その後の次元の裂け目を塞ぎ、全ての消えた虚無の空間を安定させ……。
 そして転移した星々、女王が交代するまでに消滅した星や破壊された星の修復。
 本来、一度消えた星を元に戻すなど出来ようはずもない。
 それらを可能にした尋常でないほどの力……。
 歴代の女王陛下達が聖地時間にして十数年ほどもかけることすら、僅か一月の間に全て行ってしまったのだ。

(……これかっ! 今までの理由の分からない不安の原因はこれだったのか……)

 女王のサクリアは無限ではない……。
 あれほどに尋常でない力を発揮したならば、あっというまにそのサクリアは枯れてしまうだろう。

「アンジェリーク………」

 かける言葉がないこと、ジュリアス自身歯痒い想いで、彼女の最後の女王の正装姿を目に焼き付けるだけしか出来なかった。

「引継ぎは全て済んでいます。後は新女王陛下にお任せします」

 そう言って、アンジェリークは部屋を出ていった。
 そしてまた、こちらは誰も気付かないほどひっそりとではあったが、今一人の金髪のアンジェリークも…。
 オスカーも、そしてジュリアスも、アンジェリークを引きとめることは出来なかった。
 彼らには、いや、その場にいた守護聖達皆は分かっていたのだろう。
 彼女が、今から何をしようとしているか……………を。




Postscript
物語は結末に向けて一気に収束して行きます
(別名『収集つかなくなったんで、無理矢理かき集めた』ともいいますが……滝汗;;)
ほっとくといつもアンジェリークのストーカーしちゃいそうなオスカー様と、
どんどんアンジェにはまってゆくジュリアス様(笑)。
出番の割に存在感の大きな前女王……(--;;) もー限界ですわ。このままだと何度もプロット練り直し、
書きに書き続けてvol.30…とか、40まで行ってしまいそう……(死ぬ……)
次回、最終回予定です…(やっとか……爆死)