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闇の獣  ~the beast of dusk~ 


vol.2


 孤独な夕闇が忍び寄る。
 一人テラスに佇むクラヴィスはその黄昏の甘やかな風に身を委ねていた。

 ─── あの少女は選ぶのであろうか?

 華やかな孤高の極みを。
 自分の側にいて欲しいなどと時々考えてはみるものの、クラヴィスはそれは叶わぬ願いであろうと諦めていた。

(それならば……。私に出来る限りのことは、してやりたいが)

 自分に出来ることはただ、闇のサクリアを彼女の大陸に贈ること。
 彼女の眠りが安らかなものであるようにその力を夜空に注ぐこと…。
 大切にしている彼の地、エリューシオン…。
 大切にしている彼の民。
 注がれる微笑みは慈愛に満ちて、確かにアンジェリークほど女王に相応しいものはいるまいと思わせる。全てを愛するが故に、彼女はきっと孤独に晒されることなどそれほど苦にすることはあるまいと。
 闇の守護聖はそう自分に言い聞かせる。
 そうし続けていなければ己の思慕の念にのみ込まれてしまいそうだった。
 いっそのこと女王になるその日まで、会わないでいようか……などとも思う。
 そう決心して、ここ二週間ほどは意識して少女を避けていた。
 しばしの間にすっかり日は暮れ落ち、空には幽やかな星々の光が瞬いている。
 クラヴィスは幾たびかの溜息をつくと、私邸のテラスに据え置いてあるベンチに腰掛けた。そこからだと裏庭の湖水が煌めいて美しい眺めを提供してくれる。

「……?」

 暗い森の中で何か光ったような気がした。
 本当に微かな光だったので、それが一体何の灯りか、それとも目の錯覚か、はっきりしないぐらいである。
 クラヴィスはほんの少しの間その正体を確かめようと目を凝らしたが、確認することはできなかった。
 なんとなく静かな夜を邪魔されたような気がして、不機嫌になった彼は気分転換に森の湖でも行ってみることにした。彼はいつもそうやって眠れない夜に徘徊していたのだ。
 あそこはいつでもクラヴィスに安らぎを与えてくれる。
 静かな夜は、彼を慰めるものの数少ない一つであった。
 歩き馴れた道を滑るように歩いてゆく。
 いつもと同じ道、いつもと同じ静けさ……。
 ……。
 しかし、今日は少しいつもとは違っていたようであった。

(……先客……か…)

 微かな光を照り返す湖面が辺りをうっすらと浮かび上がらせている。
 その畔に人影が見えた。
 夜目にも鮮やかな赤い髪と、さらに明るい金色の髪…。

「あれは……」

 炎の守護聖オスカーと女王候補アンジェリークであった。
 何やら真面目な顔で何か話している。

 ─── ドクンッ

 クラヴィスの胸が一つ脈打った。
 同時に走る鋭い痛み。
 二人はこうして会う、間柄だったのであろうか…?
 オスカーはかなり熱を上げていたようだったが、アンジェリークの方はべつだん特別な感情は持っていなかったように思う。

「………す…」

「…………な………」

 微かな風にのって会話が聞こえてくる。
 闇の守護聖はいつの間にか彼らの方に近寄っていた。

(一体何をしようというのだ? 私は…?)

 早くここを立ち去るべきであるのに、身体がいうことを聞かない。
 吸い寄せられるように彼らの声が聞こえる所まで来ていた。

「…仕方ないな…。そいつが羨ましいぜ…。こんなに愛らしい天使を独り占めできるんだからな。まぁいいさ…、俺はかげながらお嬢ちゃんの幸せを祈るとしよう」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい」

 会話の内容からさっするに、オスカーが告白して振られた………といったところか。

「そんなに謝らないでくれないか? ほら……涙を拭いて…。
 レディはいつでも、その腕に薔薇の花とその顔に微笑みを忘れちゃいけないぜ」

「……はい」

 涙を拭い笑顔を見せたアンジェリークに、オスカーは少し寂しげな瞳を向けた。

「その笑顔を見せるべきやつには、もう……気持ちを伝えたのか?」

 アンジェリークは悲しそうに顔を歪めて首を横に振る。

「…その方は私なんかきっと眼中にありません。騒々しいばっかりで何の役にもたってないし。…いつも邪魔ばかりしてる………子供なんです…私。かまって欲しくて……いろいろ世話焼いてみたり……。それに何かあるとすぐに頼ってしまうし…。あはは…っ、きっと迷惑に思ってるでしょうね」

 涙を懸命に堪えているのか、身体がふるふると震えていた。

「……そいつは……もしかして……いや、よそう。
 恋は女性を美しくする甘美なワインだ。甘くて…苦くて………そして切ない。
 お嬢ちゃん……。決して後悔するような事だけはしちゃいけない」

 その言葉にアンジェリークはちょっと曖昧な笑顔を返した。
 すでに諦めてるとも、心を決めかねてるとも思える淋しそうな微笑み……。
 クラヴィスは先程と同様、胸に痛みが走るのを感じた。
 彼女にあんな顔をさせる奴とはいったいどんな奴なのであろうか?
 およそ他人に興味を抱くことのない彼が、このときばかりは顔の見えない恋敵を勝手に思い描いていらいらと感情を高ぶらせる。
 その動揺が身体に表れ、身を隠しているはずの彼は不覚にも近くに茂っていた灌木の枝を揺らして、思いがけない大きな音をたててしまったのだ。

「誰だっ!!」

 炎の守護聖がいつでも抜刀できるよう身構えて、こちらに迫ってくるのが見える。
 クラヴィスは溜息をつき、茂みから歩み出た。

「クラヴィス様……っっ」

「クラ……ヴィス……さま……?」

 二人が同時に声を上げる。
 オスカーはこの突然の侵入者をまるで敵のように睨み付け、そしてそれから不敵に微笑んだ。

「立ち聞きとは……趣味が悪いですね」

「………」

「まさかとは思いますが、アンジェリークとここで待ち合わせですか?」

「……いや」

「いつもの夜の徘徊ですか…。まあ、いいでしょう……。今彼女を送っていこうと思っていたんですが、どうも今夜は間が悪いようだ。あなたも、アンジェリークに何か言いたそうな顔をしてるみたいなんで、お姫様を館にお送りするナイトの役はあなたに回しますよ」

 オスカーが女性のエスコート役を他人に引き渡すなど信じられない事であったが、先程のアンジェリークの言葉に気を取られている闇の守護聖にとって、そんな事はどうでも良かった。彼の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、身体が自然とアンジェリークの方に向かって歩いていっている。
 自分でも一体何をしようとしているのか分からない。
 何か言おうとしているのか、それとも何かすることがあるのか…。
 オスカーは不可思議な笑みを浮かべるとクラヴィスの背中越しにウィンクを送った。

(オスカー様……)

 オスカーは気付いているのだ。
 アンジェリークが密かに闇の守護聖に思いを寄せていることを。
 そしてその想いに悩んでいることも…。

「あの……、眠れなくて散歩に出たんです。そしたらここでオスカー様とばったり出会って……その……」

(私ってば何を言い訳してるんだろっ?)

 異性とこんな時間にこんな場所で二人っきりでいた。
 しかもその場面を思い人に見られてしまった。
 あまりの間の悪さに狼狽しているアンジェリークをよそに、クラヴィスは冷たく輝く瞳に感情を映さぬまま、前に立ちはだかった。

「……」

 クラヴィスは黙って見下ろしたままだ。
 何か言わなければと思うにつれ、口が引きつり、思考がもつれ、言葉が出てこない。

『後悔するような事だけは……』

 オスカーの言葉を反芻する。
 言うべきことは言わなければならない。
 だが、今は絶好の機会ともいえるが、最悪のシュチェーションともいえる。
 どうするか判断のつかぬまま黙り込んでいたが、いつまでもこうして二人立ちつくしているわけにもいかないので、アンジェリークは決心した。

(言おう……。クラヴィス様に、『好きです』って…。言わなくちゃ…)

「あの……」

「アンジェリーク…、」

 やっとの事でアンジェリークが決心して口を開きかけたとき、折しも彼女の言葉を遮るようにしてクラヴィスも言葉を紡いだ。

「えっ? はい」

「……おまえがプライベートで誰と会おうと………かまわぬが、……おまえは女王候補であるということを忘れぬことだな…。……夜分にあまり出歩くのは………渋面を作る者もいるのではないか?」

 アンジェリークは驚いて彼の顔を見上げた。
 凍り付いた声色…。
 顔は辛苦の色を張り付かせたまま、アンジェリークを見下ろしている。
 いつもの彼であれば、例え言葉はきつくともこんな声を出さない。こんなふうに険しい表情などしない。

(嫌われた……?)

 今宵、闇に誘われてふらふらと庭園などを散歩していたこと、血が滲むほど唇を噛みしめて後悔した。
 “もしかしたら…会えるかもしれない”などと、淡い期待を抱いていたのであったが、その気持ちすら今は自分を責める材料でしかない。
 視界がぼんやりと滲んできて、彼女は慌てて俯いた。
 もうこれ以上情けない所は見せたくなかった。
 そして、その言葉を吐いたクラヴィス自身も驚いていた。
 こんなふうに言うはずではなかった。
 これではまるで嫉妬に狂った情けない男にしか見えないではないか。
 本当は……。
 本当は、“他の男となど、会わないでくれ”と、哀願したかった。
 “私だけの天使でいて欲しい”と…。
 そう思っていたはずなのに、何故か口をついて出た言葉は、己の焼け付くような嫉妬の炎の八つ当たりじみたものであった。
 女王候補であることを引き合いに出して咎める程悪いことを、果たして彼女は何もしていないではないか。まして自分はその女王候補である事を止めて欲しいと、切に望んでいたのではないか。
 クラヴィスは己の言葉にがんじがらめとなり、その場に目を伏せたまま立ちつくしていた。

「……すいません……。私……帰ります…」

 アンジェリークはくるりっと後ろを向くと歩き出した。
 歩きながら『もしかしたら“送ろう”と後を来てくれるのではないか』とも思ったが、彼が動き出す気配はなかった。
 心はまるで崖っぷちから突き落とされたような気分だ。
 哀しみを通り越して、絶望の淵に立たされ、そして追い打ちをかけるようにそこから突き落とされた。
 その深淵は闇よりも尚昏く、何者の存在も拒むかのようにゆらゆらと揺れている。その炎が吹き出す先に果たして出口はあるのであろうか?
 アンジェリークはそんな意味もないことを考えながら歩いていたが、これほど胸中が血を流していても、不思議に涙は殆ど出ていなかったのである。
 ……そしてクラヴィスとアンジェリークは……。
 この日きちんと向き合って気持ちを打ち明けなかった事が、後になってどれ程後悔してもしきれない事態を引き起こしてしまうなどと、思いもしなかったのである。




Postscript
予兆が……前置きが長いですねぇ(^o^;;。
Vol.3からはようやくタイトルの方(??)が登場します。
それにオスカー様の苦悩はアンジェにふられただけに止まりません。(^o^@
いい男の苦しむ表情を見てると……ふっ……。
ひょっとして私ってSだったのかっっ???