SUJY-Fantasy-Factory ~アンジェリーク、遥かなる時空の中で等の二次創作と、オリジナル小説のサイトです。

Top > Fan fiction - アンジェリーク > 闇の獣  ~the beast of dusk~ 

闇の獣  ~the beast of dusk~ 



vol.1


「クラヴィス様ぁ~~」

 エメラルドグリーンの瞳に涙を溢れさせながらアンジェリークが飛び込んできたのは、女王試験も中盤に差し掛かろうかという頃、水の曜日の午後のことであった。
 日の曜日に、一緒に森の湖へ出掛けた時には零れるような笑顔で昨日見にいってきたばかりのエリューシオンの様子を話していたのであるが、それから一体何があったのであろう?
 彼女が慌てた足取りで彼の執務室を訪れる理由は第一にエリューシオンのこと、そして第二に彼女が作ったお菓子のこと…。
 大陸と菓子がほぼ同レベルであるのは、光の守護聖などから「言語道断」とでも言われそうであるが、この穏やかな闇を纏わせた黒髪の守護聖にしてみれば、「最も彼女らしい感覚」に分類されてしまうのである。

 “彼女の中では全てが等しく愛される対象になる”

 そのことがどんなに稀有な事であるのか、彼女が自覚してない分、またさらに闇の守護聖の微笑を誘っているのであった。

(彼女ほど女王に相応しい者はいまい……)

 そう思う反面、自分だけにその愛を注いで欲しいという想いが日に日に強まってゆく。
 全てを悠久の闇の中に閉じ込めてしまった闇の守護聖にでさえ、そう思わせるのであるから、彼女が飛空都市に与えている影響はどれ程のものであるか想像できよう。
 今や守護聖を始め飛空都市に務める人々や、ライバルであるロザリアでさえ魅了してしまった彼女であった。
 取り立てて成績がよいとか、際だった美貌をもっているとか、人よりも秀でているものが目立っている訳ではないのであるが、全てに向けられる笑顔とそのひたむきさは宇宙一であろうと、水の守護聖リュミエールなどは言う。もちろん、クラヴィスもその通りだと思うし、他の守護聖もそうであろう。

「…どうした…?」

 穏やかな口調。
 少ない言葉に優しさが溢れている。
 どこぞのお堅い守護聖が見たら硬直してしまいそうなくらい、瞳も、口の端も、全身からも優しさを感じる。
 そう。無表情・無関心が平常であったクラヴィスが、アンジェリークと接しているせいで今では信じられないくらい感情を表すようになっていた。それでもアンジェリークやリュミエール以外の人からみれば、余り変化がないように思われてはいるが…。
 戯れに繰っていたカードを手に持ったままであったが、次の瞬間、彼女がその腕に飛び込んできたために、そのカードは主を失ってバラバラと床に巻かれる。

「クラヴィス様、助けて…。私……、私…もうどうしていいのか…」

 やっとそれだけを言って嗚咽しはじめた彼女の背を優しく撫でながら、突然舞い込んで来た、「天使をその腕に抱きしめる幸運」をひととき、噛みしめるクラヴィス。
 しかし、どうやらそれどころではなさそうだ。
 彼はそっと彼女の両肩を掴むと顔を上げさせる。

「…最初から話してみるがいい。何も……、それだけでは何もわからん」

 未だしゃくり上げている彼女は、途切れ途切れに話し始める。
 エリューシオンに、彼女の姿が見える子供がいること。
 そしてその子供が熱病にかかり、明日をもしれない命であること。
 少しずつ子供と親睦を深めていた彼女にとって、それはショックな出来事であった。
 聖地の時間の流れが通常のそれとは違うことは分かっていた。
 大陸の人々が年をとっていっても自分はほとんど今と変わらないという事。
 それはまだ十七歳という年齢には重い事実であったが、女王候補である以上それはしっかりわきまえているつもりであった。
 しかし、今度の子供のことはちょっと事情が違っていた。
 子供はアンジェリークの姿が見えるのだ。
 そして、年をとって……というならまだしも、突然の熱病で、しかもまだ七歳という年齢で天に召されようとしている。
 アンジェリークにはそれが我慢できなかったのだ。
 さらに子供は自分がもうじき死ぬであろうことを理解していた。
「僕が死んだらきっと、天使様のそばに行けるね」と、病の下からそう言った。
 “天使様”と呼ばれながら、何も出来ない自分がとても情けない。
 大陸の人々の、一個人に介入することが良くないことだとも分かっている。
 それでもアンジェリークは何とかしてやりたかった。
 子供一人を救えずに、果たしてこの宇宙を支えて行けるのか……とも疑問に思う。
 そう思うともう居ても立ってもいられず、王立研究院から真っ直ぐこの執務室に向かってきたのだと、しゃくり上げながら言った。

「………そうか」

 闇の守護聖はそれきり何も言わなかった。
 これはアンジェリークが自分自身で克服することであり、まして自分には何の手助けも出来ない。
 人の生死はたとえ女王であろうと守護聖であろうと、どうすることもできないのだ。
 それはその人の運命と、そして宇宙の意志が決めることである。
 たとえアンジェリークやクラヴィスが子供を生かしたいと思っても、決められた死を覆すことはかなり難しいことであった。

「アンジェリークよ……。“死”は、確かに闇の守護聖である私の領分だ。……だが…それはただ私の力に属するのみ…。人の生死を左右できる力など、…私にはない。諦めることだな…」

 再び彼の胸に顔を埋めてしまった少女はしゃくりあげながら頷いた。
 …そう、分かっているのだ。
 彼女がどんなに子供を助けたいと思ってもそれはかなわないであろう事。
 それでもただこの思いを、願いを誰かに聞いて欲しくて……、否、闇の守護聖に聞いて欲しくて、ここに来たのだという事も。

「……ごめんなさい。…私……分かっています。分かってるんです。誰にもどうしようもないって事……。だけど私……クラヴィス様に聞いて欲しかった。自分一人で背負うには重すぎて……。
 ………こんなふうに思うなんて、ホント、女王候補失格ですよね…」

 女王は孤高の存在だ。
 自らが独り高みに立ち、宇宙を導いていかねばならない。
 支えてくれる守護聖達はいても、代わりなど出来はしない。全てを等しく愛するが故にそれらを失う哀しみも一緒に背負って耐えていかねばならないのだ。
 代々、このように年端もいかない少女がそれに耐え、孤独な日々を送ってきた。
 クラヴィスもその事を思う度に胸が痛んだ。
 自分が闇に身を委ねていられるのは、全てを拒んだからだ。
 何かを、誰かを愛したまま孤独な闇の中に置かれるほど、辛いことはない。
 心の扉を開き、光の中で微笑む少女を認めた時、彼はそのことを痛切に感じたのであった。

「でも……私……この頃思うんです。…あ、こんなこと本当は思っちゃいけないのかもしれないけど……。
 この宇宙の重さって、一つの命の重さと同じですよね…、きっと。どんな小さな命だって、一つ一つ、一人一人が全部宇宙と同じ重さで…。だから一つの命を大切にするってことは、宇宙を大切にするってことで…、たった一つの命だからって無視しちゃいけないんだって…」

 闇の守護聖は少女の考えが宇宙の節理の核心に近づいていることを知って、しばし驚いた。

(この少女は……、誰に教わらぬともそれを肌で感じたのか…)

 そっと柔らかな金糸の髪を撫でる。
 それがアンジェリークのアンジェリークたるところであって、その豊かな感性が女王候補に選ばれた理由であろう。
 だがそのころころと変わる表情や、大きな慈愛を秘めた心に接するにつけ、クラヴィスは愛しさがこみ上げてきて、強く抱きしめたい衝動をぐっと唇を噛みしめてこらえなければならなかったのだ。

 今の彼女の望みは慰めであろうか?
 それとも優しい抱擁であろうか?
 厳しい励ましなのであろうか?

 そんな事を考えてる自分にふっと苦笑し、彼はまたしても彼女の肩を捕らえて顔を上げさせた。
 何も考える必要はない。
 彼は彼の言葉と態度で彼女に応えるだけだ。

「それが分かっているのなら……無事、女王候補合格といえるな…」

 そう言って微笑まれ、アンジェリークも未だ涙に濡れた顔で微笑んだ。

「私は……、どうすればいいんでしょう?」

「お前の心のままに…」

 アンジェリークはアンジェリークのまま、変わらずにいて欲しい。
 それが闇の守護聖の切なる願いだ。
 その純粋で明るい魂の輝きだけは、失わないでいて欲しかった。

「…取り敢えず、お前の大陸に行ってみるとしよう」

 アンジェリークが目を見張る。

「クラヴィス…様も? 一緒にいってくれるんですか?」

 優しい瞳で頷いたクラヴィスに、少女もまた微笑みを返した。





「……」

 闇の守護聖は粗末なベットの側に佇んだまま黙っていた。
 彼の横にはアンジェリークも涙を浮かべながら立っている。
 横たわる少年の側に母親らしき人物がやはり涙を堪えて一生懸命励ましているが、少年が見ているのはアンジェリークのいる空間であった。
 少年はクラヴィスの姿をも見えているようであったが、むろん、母親には彼らの姿は見えない。
 少年は最初、アンジェリークに横にいるうっそりとした黒い人物に驚異の目を向けたが、やがて何か納得したのか引きつった笑いを浮かべた。

(この子供は……)

 クラヴィスの瞳が何かを見つけ、ゆっくりと細められる。
 僅かな…、しかしはっきりとした闇の縛め。
 それは“死”が近づいてきている証拠であり、それを見た人間はきっとそれを“死神に魅入られた”だの、“死期が近づいている”だのと言うのであろう。
 しかしそれは闇の守護聖からすれば“安息への道標”となる。
 遙か深い闇の中に漂う安息よりも、…自分にはまだ許される事のない真の安らぎ。
 …だが、その闇の縛めの中に何か別のものが揺らめいていた。

(あれはなんだ?)

 闇の守護聖にしてもその正体を見極めるのが難しいほどに微かな気配であったが、どうにもその気配が気になってならない。
 …以前…。
 女王試験が始まる前に一つの事件が聖地を脅かした。
 歴代の守護聖達が創り上げてしまった、寂しさから生まれた意志…。

(……あれは自分を“ソリティア”と、言っていたな)

 その揺らめきから伝わる波動は、何となくそれに似ているような気がする。
 しかし、何かが違う…。
 闇の守護聖は新たな事件の幕開けの予感に身体を震わせた。

「クラヴィス様?」

 じっと子供を見据える闇の守護聖に、アンジェリークが心配そうに声を掛ける。

「あれは………、いや…、この子供はもう…。
 アンジェリーク…。せめて新たな生を得てこの世に生まれ変わるまでの安らかな眠りを与えよう…。この子供の魂は何か不思議なものを秘めている。生まれ変わったのちは、お前にもきっと何らかの関わりを持つことになるであろう」

 予言にも似た、クラヴィスの言葉。
 彼の持つ、特殊な能力ゆえか…。
 クラヴィスにそう言われると、彼女はもう何も考える事は止めた。
 涙をぐいっと拭い、そうっと少年に近づく。
 少年はぐっと目を見開いた。
 まるで何か忌まわしいものでも見るかのように。
 そして口から紡ぎ出された言葉を聞いて、アンジェリークは信じられぬ思いでただ唖然とするばかりであった。

「…天使様は僕のことが嫌いだったんだ……。死神を連れてくるなんて。
 僕のこと助けてくれるって思ってたのに、本当は僕が死ねばいいって思ってたんだね」

「そ…そんな…。そんなこと思ってるわけないじゃないっ。どうして? 一体どうしたの? いつものあなたと違う…」

「いいよ、もうっ、あっちへいってよっ! どうせ僕はひとりぼっちなんだ。
 もう誰もいらないっ! 天使なんかいらないっ!」

 頭からシーツをかぶって叫び続ける少年に、アンジェリークは尚も何か言い募ろうとしたが、クラヴィスは黙って彼女の肩に手を置き頭を振った。
 自分達が少年にしてやれることは何もないのだと…。

(……会いにきたのは間違いだったの?)

 やりきれぬ思いを抱いたまま、二人は少年の元を去ったのであった。




Postscript
このお話は最初こんなに長くなる予定はなかったんです…(^o^;;
ファンコールリクエストの創作にしようとプロットを立てていたところ、想像し過ぎちゃって止まらなくなりました(笑)。
結構リモージュちゃん可愛そう(T_T です。
でもCLOVEの創作ですから…最後は…。
実は密かにオスカー様の方が可愛そうなんですが…。