SUJY-Fantasy-Factory ~アンジェリーク、遥かなる時空の中で等の二次創作と、オリジナル小説のサイトです。

Working Panic!


gift for 若宮弘  ~ PageⅡ ~


「来ました!」

 数人の、目付きの鋭い者達が店内の各場所にさりげなく配置されていた。
 一見普通のサラリーマンなどにしか見えないので、他のお客さんも気にすることなく遊んでいるが、見張り役が店内に飛び込んできてそう叫ぶと、彼らは一斉に立ちあがって殺気立った。周りの何も知らないお客さんが、ギョッとして引いたのは、言うまでもない。

「いい度胸じゃねぇか。相手の懐に飛び込んでくるなんてよ~」

 額を人差し指でぽりぽりと掻きながら、天真も立ちあがる。
 店長の粋なはからいで天真と詩紋と、そして事情を聞き付けた双樹までもが店内に潜んでいた。もちろんあかねは最後まで『一緒に行く』と大騒ぎであったが、天真と詩紋がなんとか説き伏せ、留守番させてある。
 説得できた……と、泰明以外の皆は一先ず思っていた。
 けれど、こちらを伺いつつも息を潜めている数多の気の中に、あきらかにあかねの気が交じっていることを、気を読むのに長けた泰明が紛うはずがない。

「やはりじっとしていられなかったか…」

 独り言のようにぽつり呟いた泰明に、数人の者が首を傾げた。

「詩紋、ぼさっとしてんじゃねぇ。泰明、ほらいくぞっ」

 店内で黒い波がざざっと入り口に押し寄せた。それとほぼ同時に外の気配も店の入り口に集中していた。

 ─── 間違いなく、奴等が仕返しにくるとよんだ店長は、伊佐早組の組頭に相談を持ちかけた。大事になるのは避けたかったが、ここで我慢して相手の言いなりになっては今後の営業にも支障が出てくる。ことはヤクザ絡みであるし、蛇の道は…という事で、伊佐早組にお願いした……という次第だ。
 組頭は快く数人の若い衆を見張りにつけてくれ、数日は何事もなく過ぎていった。…その矢先である。
 ふてぶてしくも『請求書』が送りつけられてきた。
 内容は泰明によって投げ飛ばされた時に腕が折れた、身に覚えのない罪をきせられた…云々の慰謝料及び賠償金等々である。しかも記された金額は余りにも法外で、さすがに店長も卒倒しそうになったほどだ。
 そして『請求書』には直接取りに行くので現金を用意しておくように指示があり、今日の日付が記されていたのである。
 店長と泰明と、そして少し後ろに天真と詩紋、双樹、その又後ろに8人の伊佐早組の若い衆。
 対して例のちんぴらは、背後に総勢15~6人の人相の悪い男達を引き連れていた。

「─── よう。慰謝料、取りにきたぜ。
 どうやら助っ人を頼んだみたいだが、ちっちっ、悪いこたぁ言わねぇ~、素直に渡した方が身の為だぜ」

 人数の差からだろうか、かなり余裕の表情で、これ見よがしに腕に巻きつけられた包帯を高く掲げて指し示していた。

「俺はよ~、心のひろーーーぉい、人間だからな。たったそれだけの慰謝料で勘弁してやろうって言ってるんだ。店長さんよぉ、感謝しなっ。恨むんなら客の扱いをしらねェ、その兄ちゃんを恨むこったぁ」

「店長さんよ、あいつの後ろにいる奴等……、最近この近辺のシマを荒らしまわっている新興のヤクザもんだ。……やっかいな奴、敵に回したもんだな」

 啖呵をきるちんぴらを尻目に、伊佐早組の組頭の右腕とも言われている片岡が店長と泰明の後ろに忍び寄ってそっと囁いた。

「やっかいなのか?」

 泰明はあのちんぴらから片時も視線を外さず、片岡に問い掛ける。

「…あぁ。兄さんも、気をつけるこった。正義感を発揮するのは結構だが、お前サンやお前サンの友達だけで何とか出来る程の甘い奴等じゃねェ。一人で背負いきれねェ正義は、やたらと振りかざすもんじゃねぇぜ」

「………」

「周りのもんに迷惑がかかるってこった…。なァ?」

 天真と詩紋と双樹は、泰明が何を言い出すかとハラハラしながら見ていたが、泰明は、その一見脅しともとれる忠告を顔色一つ変えずに聞き終わるとゆっくりと目を閉じた。

「わかった。次回からは気を付けよう」

「それがいいさ」

 泰明の反応がおもしろいのか、片岡はにやにやしながら一歩下がると双樹等の方を振り向く。

「お前さん達はあのキレイな兄さんのダチだろう?
 まったく……面白い奴だな、アレは。まるきっりの世間知らずのくせに、やることは筋が通ってる…。どういう親に育てられりゃあ、あんな真っ直ぐな性格になるのか、ご教授願いたいもんだァ」

「は、はぁ……」

 双樹が答えに窮してポリポリと頭をかく。
 天真も詩紋も、まさか『育ての親は京屈指の陰陽師と若干16歳の女子高生です』などと言うわけにもいかず、苦笑いするしかなかった。
 ─── と、その話しが終わるか終わらぬかのうちに、何を思ったか不意に泰明は例のちんぴらの方に向かって無防備につかつかと歩み寄る。その無言の威圧感にぎょっとしたちんぴらは、気に押されて後ずさった。

「な、なんだァ!? こらァっ! またやる気かァ、てめぇは!?」

「泰明っっ!?」

「泰明っ!!」

「泰明さん!?」

 一同が固唾を飲んで見守る中、泰明はちんぴらの前に無表情で立つと、包帯に包まれた腕をさっと取り上げた。

「折れてしまったか。……すまない。力加減を誤ったようだ」

「なっ? なんだぁ!?」

 いきなり謝られて訳のわからないちんぴらは、腕を触ったり手をかざしたりしている泰明に困惑の表情を浮かべながらもそのまま動けずにいる。
 どうも危害を加えるつもりがないようなので、どう対処したらいいのか分からないでいるらしい。

「?? …………腕は折れていないようだが…? 折れているというのは嘘か?」

「な、なんだとォ!?」

「こんな添え木も布も不要だ。筋も痛めてはいない。…まったく怪我などしていないではないか」

 泰明はあっさりそう言い放つとくるりと背を向けた。

「心配する必要はない。治療などいらぬ。怪我をしていないのだから、報復する必要もない。無駄なことは止めてもう家に帰るがいい」

 あっさりとそう言われ、ちんぴらは顔を赤くしたり青くしたりしながら口をぱくぱくと動かしていた。怒りの余りに口をきく事もできないのだろう。
 泰明は皆の元に戻りながら僅かに首を傾げた。

(なぜあの者はあんな嘘をつくのだ? 本当の怪我をしたいのか??)

 少し眉を寄せた泰明を見て、片岡がプッと吹き出した。

「ぷぷっ……。兄さん、外道は因縁をつけるとき、あんな筋の通らない嘘や偽りを騙るんですよ」

「…? 何故わざわざそんな回りくどいことをしなければならぬ?
 仕返しならば仕返しと、そう言えばいいではないか。腕が折れてるなどというから、私が力加減を誤ったかと思ったぞ」

「くっそーっ、なんのかんのといちゃもん付けて、慰謝料払わねえ気だなっ!
 ─── そっちがその気なら……、おい、お前ら、やっちめえっっ!」

 後ろに控えていた奴等がいっせいにこちらにかかって来た。

「ちっ…、仕方ねェ、お前らっ───」

 片岡が目配せするや、控えていた男達が迎えうつ。
 人数では圧倒していたが、修羅場を踏んでいる伊佐早組の男衆とでは力の差が歴然としていた。あっという間に叩き伏せられてしまい、天真や詩紋達の出る幕などまるでない。

「つえ~~、俺の出る幕ねぇな……」

「天真先輩……、喧嘩が見つかったら退学になっちゃうよ~~」

「私は何もしなくていいのか?」

「泰明は頼むから何もするな……」

 敵はもう数人を残すのみとなってしまった。
 これならば楽勝…と思われたその時………。

「危ないっっ!!」

パンッッ!! ──────

 まるで風船でも割ったような軽い炸裂音と、聞き覚えのある女性の声が響き。

「うぐっっ!」

 何かに弾き飛ばされたように、片岡が後ろに倒れた。

「ッ!?」

「あにさんっ!」

 片岡はすぐに起きあがったが、右腕を押さえ、その押さえた手の下からは鮮血がにじみ出ていたのだ。

「おいっ、大丈夫か!? あんたっ」

 双樹が叫んで片岡の所に駆け寄った。

「マジかよ……、拳銃持ってるぜ、あいつ……」

 気楽に見ていた天真も、その一瞬で腰を浮かせ…。
 そして一同の動きがピタリと止まった。
 片岡を撃ったあのちんぴらは、自身が放ったにもかかわらず威力に多少怯みながらも、声のした方を振りかえった。

「きしょーっ、誰だっ!? 声なんかかけやがったのはっ!」

 振りかえるなりあかねの姿 ─── そう、案の定、声を上げてしまったのは、物陰からはらはらしながらこちらを見ていたあかねであった ─── を見咎めると、素早く捕らえて銃口を突きつけたのだ!

「あかねっ!」

 泰明が、八葉やあかねや双樹以外の人の前で、初めて動揺を顔に出した。
 それを、そのチンピラが見逃すはずはなかったのである。

「……そうか、こいつはおめえの、女かぁ~」

 今まで窮地に立たされていたものの、ようやく切り札らしきものを手に入れてちんぴらは余裕であかねの頬を銃口で突っついた。

「悪いなァ…。お前にはなんの恨みもねぇけどよ。恨むんなら、楯突いちゃいけねぇ相手に楯突いた、あの兄さんを恨みな」

「な、何よ…、もとはと言えばあなたが不正をしたから……」

「おおっと、可愛い顔に似合わず、気が強いな。あいつらをかたずけたらゆっくりと相手してやるから、ちょっと黙ってろや」

 そういうと、ちんぴらは隣りに立っていた男に目で合図をし、合図を受けた男は何やら携帯電話を取り出してどこかにかける。そして一言二言話した途端…。

 ─── チンーーーッ、ジャラジャラジャラジャラ………

 店内で一斉に遊戯具がけたたましい音を立て始めた。


………またまたつづく