gift for 若宮弘 ~ PageⅠ ~
「仕事…か…。わかった」
「でもお兄ちゃん、仕事って言ったって~~」
「分かってる。泰明はこの時代の人間じゃないっていうんだろ?
だけど、今はもう現代の人間だ」
「私は人ではない」
「そ、それもわかってる…」
「んもーっ、泰明さん、あなたは人間だって、何回も言ってるでしょっっ!」
静かな声、考え深げな声、そしてけたたましい声が、その部屋に代わる代わる響いていた。
あかねが京から戻って早二月。
3ヶ月近くも行方不明になっていた彼女がひょっこりと帰ってきて、元宮家は狂喜乱舞した。……………が。
本宮家の敷居をまたいだのは、愛娘のあかねだけではなかったのである。
───そして………。一悶着のすえ、母と兄の絶大なる信頼を得て泰明は元宮家に同居する事になった。しかし泰明とあかねにとって幸せな生活が始まった矢先、また新たな難問を与えられたのだった。
誰にかというと…………。
そう。
未だあかねと泰明が恋人同士で、一つ屋根の下に住むことが気に食わないでいるあかねの父にである。
「結論は、ここにあかねと共に住むのであるならば、早々に生活の糧を稼げ……と。そういうことなのだろう? ならば…問題ない」
……しかし、当の本人、泰明は本当にわかっているのかいないのか…。
まったくいつもの調子と変わらない。
「そうは言うが、今のご時世、大卒のやつにだって就職先を探すのは一苦労だ。そんな簡単に仕事は見つからない。第一、おまえには手に職一つもってない。一体なんの仕事をすればいいか、それすら問題だ……」
「陰陽師の仕事は……」
「そんな仕事はない」
あかねの兄、双樹は、泰明の言葉が終わらぬうちにきっぱりと言い切った。
案の定、泰明は陰陽師の仕事をするつもりでいたらしい。
「しかし、私はずっと陰陽師の仕事をしてきた。これからもずっとそのつもりでいたぞ。この時代に陰陽師の仕事がないのならば、私は一体なんの仕事をすればよいのだ?」
「だから、それを考えるんだ」
一瞬溜息をつきかけた双樹は、泰明がこの世界に至るまでのいきさつなどを思い出して心を落ち付ける。
「……ま、泰明はまだこの世界のことはあんまり知らないから仕方ない…。
こうなったら“習うより慣れろ”“百聞は一見にしかず”ってことだ。
アルバイトでも何でもいいから、片っ端からやってみるしかないだろうな」
……と言う訳で。
次の日から泰明の仕事探しが始まった。
あかねや双樹、天真や詩紋までもが手伝って、放課後町中を歩き回ったり、求人情報誌などを買いあさり………。
ようやく何度目かの面接の後、駅前の喫茶店でアルバイトにやとってもらえたのであった。
何故か泰明の戸籍が存在していたことや、あってなきがごとしの履歴書のことなどは、…まぁ、今は深く考えまい。
とにかく、泰明のルックスを一目見るなりOKの返事をしたその喫茶店のマスターも、泰明には劣るもののかなり人目を引くルックスであったことだけは言い置いておこう。
「よかったね、泰明さん。さっそく明日から来てくれなんて…」
「ああ。これで“ちちうえ”にも顔向けできる」
しかし………、世の中そう甘くはなく、案の定………であった。
「明日からこなくともよいそうだ…」
「…………やっぱり…」
双樹が大きく溜息をつく。
「だ、大丈夫だよ、泰明さん。また別の所を探そう? ねえ?」
昨夜、敬語の使い方や、接客業のなんたるかを四人掛りで泰明に教え込んだが、そのたどたどしい様子から、こうなることは何となく分かっていた。
けれどたった一回のクビでめげる訳にはいかない。
ことは泰明とあかね二人の将来がかかっているのである。
「ま、練習だと思えばいいさ。な? 泰明?」
「まだ一回目だもんね、気にすることないよ」
気がかりで様子を見に来ていた天真と詩紋にもそう言われ、泰明はコクンと小さく頷く。
しかしそれ以上は何も言わず、ただ一心不乱にアルバイト情報誌に目を走らせていた。
(一体何をやらかしたんだ、こいつは………)
一同の心の中の声だった…。
だが。
皆が不安に思っていた事は見事に的中した。
面接ではあっさりOKが出るものの、通い始め、良くて二日、酷い時は半日と持たずに解雇される。日曜も祝日もなく、そんな日々を繰り返しているうちに、あっという間に一ヶ月の月日が流れ去ってしまったのだった。
その間試した業種は、喫茶店接客、レジ接客、交通誘導警備員、ファッションアドバイザー(爆)、レストラン接客、居酒屋接客、皿洗い、調理補助……などなど。
おもに接客関係が多いのは、特別な資格等がいらないからだ。
いくら現代の人間でないとはいえ、これだけ当たってみれば少しは慣れてくるはず。けれど何度通い始めようと、一日か二日もすればクビになる…。さすがに不審に思った双樹は、泰明がクビになった店に訪れて、その訳を問いただしてみたのだった。
●証言その一
「ああ、彼ね………。見た目もいいし、まぁ言葉遣いも横柄だけどそれなりに仕事はしていたんだけどね………」
●証言そのニ
「彼? も、申し訳ないけどウチじゃあもう使えないよっ」
●証言その三
「た、頼むっ、彼のことは口にしないでくれぇ~っ」
反応はそれぞれだったけれども、彼等が泰明を首にした理由はほとんど同じような事だったのだ。
顔はいい。仕事はする。特に失敗をしたわけじゃない…。
けれど、泰明は一人で仕事をしていた訳ではなかったのである。
「やすあきっっ!!」
いつもは比較的物静かで余り取り乱したところを見せない双樹であったが、さすがに今度ばかりは慌てふためいていた。
「お前、式神に仕事させてるのかっっ!?」
「? そうだが。それがどうした?」
「………………………」
しれっと答える泰明に、今度は二の句が告げなかった。
「仕事に式神を使役するのは当然だろう? その為に式がいるのだ。まして寝食に関することを采配するに関して、式はもってこいの存在だ」
その場にいたあかねも、そして天真も詩紋も危うく卒倒寸前にまで陥った。
泰明の表面的な指導ばかり考えていて、根本的な問題に気付かなかったのである。
(どうして現代に陰陽師って職業がないんだよ~~~っっ!)
こう心の中で絶叫を上げたのは、決して双樹だけではあるまい……。
まぁ、こういったちょっとした(?)トラブルもあったものの、ようやく次に見つかったアルバイトはなんとか続けられそうだった。
もちろん、決して式神を使わないようしっかりと泰明に言い含めておき、その他思い当たる全ての注意事項をした上でのことであったが…。
「今度は泰明さん、なんとか続いているみたいだね」
溶けて脇に流れかけているソフトクリームを舌先でペロリと舐めて、詩紋が言う。
「ま、パチンコ屋の店員なら別に“寝食に関係する”って訳じゃないだろうから大丈夫だろうさ~」
天真もようやく一騒動終わったせいか、久方ぶりの平穏な土曜の午後を満喫している。
泰明はようやく決まったバイト先に出掛けている。四人の血と汗と涙の猛指導のおかげか、ここ一週間ほどは何事もなく過ぎていた。
けれど人間とは不思議なもので、今までやたらと煩わせていたものが急に大人しくなると、ほっとする反面酷く気になってしまう悲しい習性を持っているらしい…。
「…………ねぇ、天真先輩……」
「…………やっぱ、おまえも気になるよな~?」
「…また何かあったら、さすがに今度こそ、あかねちゃんも落ちこむよね……」
「泰明だもんな~~~、思いっきり、心配だよな~~」
顔を見合わせた二人は無言で頷き、程遠くない泰明のバイト先へと足を向けた。
「困ったよ、何てことしてくれたんだ………」
「? 何故困る? “見つけろ”と言ったのは店長だぞ?」
「そりゃあそうなんだが……」
「では何故だ」
強い日差しの照りつける中、泰明の勤める店の正面からやや外れた片隅で、泰明と、そしてこの店の店長らしい人が立話をしていた。
少し頭部の頂上が淋しくなりはじめた店長は泰明よりも頭一つ分ぐらい背が低い。年齢とは別の威圧感に押されて、店長は僅かに後ずさった。
「いや……、だからその、あいつはちょっと性質の悪い…そのちんぴらなんだ」
「『ちんぴら』??」
言葉の意味が分からないらしく、泰明は端正な眉をひそめた。
二人がやってきたのはそんな時であった。
一応二人とも18歳未満であるので、店内に入ることは躊躇われるが、上手い具合にターゲットが外に出ている。
「おう、泰明。がんばってるか」
「こんにちは、泰明さん」
笑顔の挨拶に返ってきたものは、泰明の相変わらず無愛想な顔と、僅かにほっとしたような店長の顔であった。
「な、……何かあったの? 泰明さん?」
出会って一週間ほどの店長と違い、さすがに付き合いの長さの違いか、詩紋には泰明が酷く困惑しているのが分かった。いくら泰明でもここで何かしでかしてクビになる………ということが、今度こそ、あかねにショックを与える最大の原因になることぐらいは承知している。このバイトは、少なくとも当分の間はクビになる訳にはいかないのだ。
「おい、まさかまた……」
天真も急に表情を固くして泰明を睨み付けた。
彼等二人もあかねに泣かれるようなことは、何があっても避けたい。
「式は使っていない」
「…んじゃ、一体何困ってんだよっ。
─── す、すいません。こいつ、ほんとーーーっに、世間知らずだから…。でも根はとってもいい奴なんですっ。お願いします、クビにだけは………」
天真は焦って頭を深々と下げ、必死で謝罪しまくる。
「何かやらかしたんなら、俺がよーーーーっく、言い聞かせますから。お願いしますっ」
このままだと土下座までしてしまいそうな勢いだ。
余り事情が飲みこめずにぽーっと見ていた店長も、慌てて天真に頭を上げさせると、額を掻いた。
「いや、違うよ。安倍君が悪いわけじゃないんだ。
─── むしろ彼は当然のことをしただけなんだが…」
「えっ? じゃあ何で…?」
訳が分からない天真と詩紋は、溜息を付き付き店長が話す内容を聞いて、思わず頭をかかえた。
バイトを始めてすぐその日に、泰明は“不正行為”を見付けたという。
それに気を良くした店長は、「また不正を見つけたら言ってくれ」と言ったらしい。
そして泰明は今日も、店長の期待通りに“不正行為”を暴露したらしい…。
どうやら、今回はそれが裏目に出てしまったようであった。
ともすれば博打性が強く出そうなその職種で、この店は娯楽性を強く打ち出したということで町でも評判の“遊べる店”だった。バカみたいに儲けることはないけれど、あっという間にすられてしまうということもなく、程々に出してくれる。ワゴンサービスや休憩所も充実していて、ちょっとした町の憩いの場的な存在の店だった。
しかし、やはり何処にでも悪い輩はいるもので、この店にも不正を働き出玉を調整するものがいた。しかも、数人いる彼らはほとんどが町の外から来た性質の悪いちんぴらで、この辺りを仕切っている、“組”の人達とは別な輩だった。
この町を仕切る「伊佐早組」は昔気質の、いわゆるやくざで、組頭の人柄もよく下々の者たちまで統率がとれているので、町の人々に好意的に受け入れられていた。
町民に迷惑をかける事はまずなく、むしろ外部からきた躾の悪いチンピラ達から守っているのである。
しかし最近、彼等と町の人々を悩ませているのがこういったパチンコ店や娯楽施設を狙った不正行為だったのだ。特に暴れるわけでもなく、ただゲームをしているだけなので、証拠を掴まない限り捕まえるのは難しい。
「…じゃあ、泰明さんがその不正をやってる人を捕まえて、他のお客さん達の前でネタをばらしちゃったんだね………」
「ああ。そうしたら奴め…、逆ギレして、安倍君に掴みかかっていたんだ」
「うっわー、最悪…」
泰明の細い身体に騙されて掴みかかっていったはいいが、逆に泰明に投げ飛ばされ、そのちんぴらはお決まりの捨て台詞を吐きながら逃げて行ったという。
「それは困った事になったね…;;;」
「詩紋もそう言うのか? なぜ困るのだ?」
「だからよー、そいつが仲間を連れて報復に来るだろうから、困ってるんだよ、店長さんはっ」
「……………そういうことか……。だが、それならば問題ない」
「へっっ??」
「報復に来るというのなら、こちらも迎えうてばよい」
「っ! 言うと思ったぜっ」
さすがに天真も空を仰いだ。
泰明の言う“迎えうつ”というのはおそらく、鬼や怨霊を退治するのと同じレベルで考えているに違いない。彼等をやっつける手段は“陰陽の術”で、使う兵隊は“式神”…。
どんな有り様になるか、考えただけで目も当てられない。
「…頼むから、泰明、それだけはするな…」
天真は泰明の肩に手を乗せて、がっくりとうな垂れたのだった。
………つづく