SUJY-Fantasy-Factory ~アンジェリーク、遥かなる時空の中で等の二次創作と、オリジナル小説のサイトです。

Working Panic!


gift for 若宮弘  ~ PageⅢ ~


「な、なんだ!?」

「便利な世の中になったもんだな~。今は皆どこの店もコンピュータ制御してるだろう? インターネットもな。……これからのヤクザはパソコンぐらい、できなきゃだめだなぁ~~? 店長さん?」

 どうやらネットを通じて店内の集中管理用のコンピュータに侵入したのだろう、全部の台で勝手に大当たりが出て、店の床にまで玉が溢れて転がっている。

「詩紋、あれはどういう武器だ?」

 あかねに突きつきけられたモノに目配せして、泰明が尋ねた。
 声は静かだ。
 隣りにいる詩紋や天真にさえ、ようやく聞こえたぐらいだった。

「あれは“拳銃”って言って、小さな鉄の玉をあの筒から弾き出す鉄の武器だよ。火薬……火が爆発する力で、玉を弾き出すんだ。小さな玉だけど、凄い速さで出てくるから強い殺傷力があるんだよ。─── 片岡さん、血が一杯出てる…」

 涙ぐみながらも、泰明にも分かるように、答えてやる。

「……そうか、わかった…」

 泰明は拳銃を初めてみる。
 その威力を目の当たりにしたのも初めてだった。
 大きな音がして、なんだか訳の分からないうちに片岡が腕から血を流して倒れたのだ。その怪我がどうやらあのちんぴらが手にしているものによってもたらされたと分かったものの、具体的にどういうふうに威力を発するのかは分からない。
 あかねの身の上にどんな危険が迫っているのか理解できなかったのだ。
 何も分からない以上、迂闊に動いてなおさらあかねを危険にさらすわけにはいかない。

「あかね…」

 双樹も、そして天真も、あかねが人質にとられている以上身動きがとれず、歯噛みする思いでいた。もちろん、店長などは頼みの綱の片岡が撃たれ、ただおろおろするばかりだ。

「まったくよー、最初から大人しく金を出してりゃ、そんな大変な目に合わずにすんだのになぁ~。ま、俺は心が広いから…、そうだな~、あの金額の倍で許してやらぁ。
 それと、そっちの兄ちゃんにはとっても世話になったな~~」

 泰明に視線を向け、もったいぶって言葉を濁し、下心たっぷりにあかねを自分の前へ抱え直すと、嫌がって顔をそむける彼女の頬をペロンと舐め上げた。

「!!」

 天真と詩紋、双樹が凍り付いた。
 その呪縛が解ける前に、泰明が低く唸るような声を上げる。

「………お前……、あかねから離れろ……」

 掠れてはいたが、その声はちんぴらの耳にもしっかりと届く。

「へっへっへ、さすがの兄ちゃんも女を人質に取られてちゃぁ、手も足も出ないわな~。ま、せいぜいそこでじたばた足掻いてろや」

「…………」

 泰明は何も答えなかった。
 能面のように冷たい表情で、そしてゆっくりと手を身体の前にもっていき、組み合わせる。
 ちんぴらは、泰明が成す術の無い悔しさの余りに黙っているのだと思っていた。妙な動きは焦っているからだと……。
 しかし、その行為の意味を身を持って知っている天真や詩紋、そして双樹は、彼等が殴りこみに来た時よりも、片岡が撃たれた時よりも血相を変えたのである。

「ば、バカやろうっっ! 早くあかねを離せっ!!」

「やめて、お願いだよ、あかねちゃんを離してっ、危ないよ~~っっ」

「おまえ、死にたくなきゃ早くあかねを離して逃げろっ!」

 余りにも三人が大騒ぎするので、チンピラはしばらくポカンと口を開けた。
 何を言われているのかピンとこない。

「な、何言ってるんだおめーらっ。日本語の使い方間違ってっぞっ! なんで俺が危ないんだぁ? この拳銃が見えないのかよっ。いいかげんにしないと…………」

 話しの途中でチンピラはビクッとした。
 突然かっと目を見開いた泰明が、気合とともに組んだ指をこちらに差し出したのだ。

「な、何、…?」

 ピタッと空気の動きが止まった。
 音さえも凍り付いてしまったかのような一瞬の後、ゆらっと大気が振動する。

「何?? なんだっ!?」

 ごうんっと大きな衝撃が走り、手にした拳銃が突然熱をもってぶれ始めた。

「う、うわっ!?」

 拳銃はあっという間に灼熱の溶岩……とまで思える程に熱くなり、ちんぴらは驚いてそれを離してしまったのだ。

「あかねっ!」

 拳銃が地面に落ちるや否や飛び出した泰明は、ちんぴらの腕からあかねを奪い取るとその胸にしっかりとかき抱く。

「あかね…、大丈夫か?」

「ウン。私は大丈夫。ありがと、泰明さん」

 片腕にあかねを抱きしめたまま、泰明は数歩後ずさると、冷ややかな視線で彼等を睨み付けた。

「………」

 そのまま印を組んだ右手を顔の前にかざし、何やらぶつぶつと呟く。

「や、泰明さん、お願いちょっと手加減して…」

「泰明っ、殺すなよっっ!?」

 双樹が後ろから声をかけた。

「そうそう、生きてさえいれば、後はどうでもいいから~」

 無責任にも聞こえる天真の言葉。
 けれど、そこにいた一同、少なからず似たような思いでいたことは確かだ。
 むろん、片岡やその配下のもの、店長などには、泰明が何をしようとしているのかさっぱり分からなかったであろうが。

「く、くそっ!」

 何が何やら分からないままあかねを取り返されてしまったちんぴらは、慌てて落ちた拳銃を探すが、程遠くない所に落ちたそれは、銃身やグリップがまるで飴のように捻じ曲がり、もう使いものにならなくなっていた。

「げっ!? 何だこりゃぁ?」

 ちんぴらは焦って泰明を見上げた。
 何やらぶつぶつと唱え続ける泰明。
 ちんぴらの顔からさぁーっと血の気が引き、次の瞬間くるりと踵を返して逃げ出そうとした。
 それを見た他のちんぴらも、慌てて撤退しようとするが……。

「───咯ッ!!」

 呪を唱え終わった泰明が、気合と共にそれを放った。
 逃げようとするちんぴら達に、目に見えるほどの光の塊が向かっていき、あっという間に彼等を包む。

「う、─── うわぁぁっっ!?」

「バケモノだぁっ!」

「助けてくれぇ~~っっ!」

 それぞれ口々に叫び、何もない空間から逃げ惑う。

「……………? なんだ??」

「………さあ……」

 店長と片岡は、狂ったように目に見えないモノから逃げて行くチンピラ達を見送りながら、首を傾げていた。
 さもあらん。
 他の人達には何も見えないのだから。いや、あんなものは見えなくて正解だろう……。

「や、泰明さん、何したの??」

 泰明の腕に包まれたまま、あかねが尋ねる。
 蝋で作られたような表情に柔らかな笑みが浮かんだ。

「彼等に付きまとう怨霊に力を与え、襲わせた」

「え゛っ??」

「大丈夫だ。問題ない」

「で、でも怨霊でしょ?」

「あれしきの怨霊、力を与えた所でせいぜいが一生纏わりついて狂わせる程度だ。直接肉体に危害を加えられはしない。…おまえの願いだ、手加減しておいた」

「て、手加減…って………;;;」

 手加減といったところで、あの様子ではもうまともに生きていけないだろう…。いや、今までまともに生きてきたとは言えないが、あかねはさすがに同情してそっと溜息をついた。

「あかねっ! 大丈夫か?」

 そばに駆けよってきた双樹は、あかねの無事を確認すると肩をなでおろす。

「ま、怪我はないと思うけどな」

「当たり前だ。あかねに怪我などさせたていたら、あれだけでは終わらせない」

「泰明…」

 こめかみの辺りをピクつかせながらも、双樹は振りかえって店内の方を指差した。

「それより店の機械が止まらない。お前も手伝え」

 駆けつけてみると、相変わらずけたたましい音を立てて機械は玉を弾き出し続けていた。

「どうしよう~~、止まらないよ~」

 詩紋と天真は床中に散らばった玉をかき集めている。
 このまま制御不能であれば、全部の台を入れ替え、システムを入れ替え……。あのチンピラに払う金額ほども修理代がかかってしまう。

「店長が奥でシステムを操作してるんだが、ちっとも言う事をきかないんだ」

「………」

 その惨状を黙って見ていた泰明は、一番近くの機械にそっと手を触れてみた。

「………」

「泰明さん??」

 あかねと双樹、天真、詩紋がじっと彼を見守っていると、“チンッ”と甲高い音が一つして、泰明の触れていた機械が止まった。

「と、止まった??」

「何したんだ、泰明っ?」

 泰明は表面に触れる以外、外見は何もしていない。
 けれど、その台は確かにぴたりと玉を弾き出すのをやめ、元の状態に戻っていた。

「これらの機械を操っている大元はどこだ?」

「こっ、こっちだ」

 訳が分からぬまま天真が奥へと案内する。
 そこでは、店長がパソコンを前に悪戦苦闘していた。

「どけ」

「あ、安倍くん……」

 もうどうしようもなくなっていた店長は、半分ほっとし、半分は不審そうにパソコンの前の椅子を泰明に譲った。

「お前、パソコンなんか触ったことあるのかよ」

 天真が眉をひそめる。

「? ぱそこんとは何だ?」

 聞き慣れない言葉に泰明は問い返すが、すぐに画面に意識を戻した。

「……まぁいい。気が散る。話し掛けるな」

 そのまま画面に対峙すると、ゆっくりと片手を画面へ、もう一方の手をキーボードの上に乗せた。

「………………」

 しばし沈黙の時間が流れた。
 周りの者達は一体何が起こるのかと、じっと泰明と画面を見比べている。
 エラー表示の出ている画面に触れた手がほんの少し右に動き、次はゆっくりと下に降りる。


「…………泰明はいったい何してるんだ?」

「シッ! お兄ちゃん、しぃ~~~っ!」

 と、双樹を諌めてみるものの、あかね自身も泰明が一体何をしようとしているのか分からなかった。
 泰明はほっと溜息をつき、かざしていた両手を膝の上に下ろすと、今度はパソコンの本体に向き直り、そこに両手を置いた。
 一体誰(何)が、それがパソコンの中枢だと教えたのだろうか?
 双樹は思わずそう考えてしまいブルっと身震いする。
 そうこうしているうちに……。
 ─── ピッ…
 軽快な機械音がなったかと思うと、画面がぴらぴらと動きはじめたではないか!

「な、お前、一体何したんだよっ!」

「これは…」

 天真の叫びと店長の気が抜けたような声が重なる。

「…問題ない。店の機械はすぐ元通りになる」

 そう言って、パソコンの本体を顎で指し示した。



 ………で、結局のところ………。
 そのパチンコ店のアルバイトはその日までとなってしまった。
 しかし今回の場合はちょっと、前までとは違っていたのである。
 その訳の分からない強さと、そして輪をかけてわからない泰明のパソコン操作能力(??)をかった片岡は、己の組内の事務及び内勤業務に強くハントしたのだ。

「………私は構わないが、またこのような騒動が起こるかもしれぬ。やはり私には陰陽師以外、就くことは出来ぬのかもしれない…」

 困ったようにあかねの顔を見る泰明の肩に、片岡がポンっと手を置いた。

「騒動なら心配ねぇよ。うちは堅気さんじゃないからな」

「けどヤクザじゃ、……親父がなんていうか…」

 双樹があかねらの顔を見まわした。
 確かに、ヤクザの仲間入りでは父親が諸手をあげて賛成するとは思えない。しかし、泰明ほどリスクを背負った者に堅気の仕事をしろ……というのも難しい気はする。まして伊佐早組の名は、人々に結構好意を持って囁かれているし……。

「あぁ、その点は大丈夫だ。仕事っていってもうちで経営している建設会社の社員だし、そこには堅気の方も何人か働いてる。別に組で何があったからと言って、泰明が借り出される心配はねぇよ」

 そう言ってあかねの方を向き、破顔した。

「うちの帳場も昔のまんまでな~~。これを機会に少し近代化してもいいと思ってるんだ」

 と言いながら、片岡は泰明の事をかなり気に入っているようだった。
 そんなこんなで、とうとう泰明は伊佐早組の経営する建設会社に、社員として勤めることとなったのである。
 伊佐早組組長自らのお出ましもあって、あかねの父もしぶしぶ二人の仲を認めたとか………。
 もちろん、これで何事も無くめでたしめでたし……という訳にはいかないが、それはまた別の話……。

「ねぇ、泰明さん。どうやってあの機械を止めたの??」

「あの物の“付喪神”に話しかけた。『元に戻せ』と…」

「“つくもがみ”??」

「物にはすべて意志が存在する。生きているものも、生無きものも。それに語りかけ、力の流れを操るのもまた、陰陽の術だ」

「そ、そうなの??……;;」


………とりあえず、終