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菊花抄  ~悠久なる時空を超えて~


第参章其ノ一


全てが消えていく……

きっともう何もかも、必要のないものだから

元に戻すには、遅すぎて…

あきらめることも出来なくて

だから……

消えていく

もう取り戻すことは、出来ないの……?






「まだ目覚めないのかい?」

 この世界にきてからのお気に入りの一つとなったコーヒーを口にしながら、友雅は沈んだ表情で階段を降りてきたあかねに声をかけた。

「………うん…」

 あかねは歯切れ悪く答える…。
 目覚めて欲しい…。けれど彼が目覚めた時、一体どんな顔をして会えばいいのかわからない。
 どうにも複雑な思いを抱え、でも、彼に元気になって欲しいと、心から思っていて……。
 あかねは半分泣きべそをかいているような顔をして微笑んだ。

 ─── あれから…。
 あかねと頼久が屋敷まで戻ったのはかなり夜も更けてからだった。
 まだ泰明も天真も友雅も帰っておらず、残った者達で沈んだ表情を交わしていた時だった。
 突然入り口のドアが開き、ふらふらと入ってきた泰明は、その場にばったりと倒れこんだのだった。
 慌てた一同は訳がわからずともとりあえず彼をベットに運び………。
 泰明が目覚めぬままに二日が過ぎようとしていた。
 天真と友雅は翌朝早くに帰宅したが、やはり何の収獲もなく、そして泰明が倒れた話を聞いた…というわけだ。

「今、永泉さんと代わったの…」

「………」

 らしくない……。
 友雅はそう思い、手にしたカップをテーブルに置いた。

「神子殿。
 余りたくさんの秘め事を抱え込むと、身動きが取れなくなってしまうよ?」

(憂いを帯びた女性の顔には、そそられるものがあるけどね………)

 心の中でそう付け足す。
 そしてあかねが顔を上げるよりも先に友雅は彼女の腕を掴み、窓際のソファへと導くと、そこへ彼女を座らせる。そして自分もその隣に腰を下ろすと、必要以上に神経質になっている彼女を刺激しないように、小さな頭の上にそっと手を置いた。
 子供のように頭を撫でられ、戸惑いながらもその仕草に安心感を覚える。
 今は一途で真摯な想いよりも、大きな抱擁を必要としていたことに、あかねはあらためて気付いたのだった。

「………友雅さ………」

 自然に嗚咽が込み上げてきた。
 もう何も考えたくないし、そして何もしたくなかった。
 アクラムを何とか制止しなければならないことも、現代に正しき五行の力がないことも、そして泰明のことすらも…。
 すべてが彼女の意に反する方向へと進んでいき、あかねの中でいろいろな事が飽和状態に陥っていたのだ。それは『なんとかしなければならない』と思えば思うほど彼女を縛り付け、そして傷つけていった。

「君一人で背負わなくていいんだよ…?
 何故私達八葉がここにいるのか、思い出してごらん」

「だって……っ、みんな一生懸命やってくれてるもの。……これ以上……、…っく…」

 一度堰切った嗚咽は止まらなかった。
 抑えこもうとしても、胸が震え、喉が痙攣して、声が漏れてしまう。

「泣きなさい。全てが…………壊れてしまう前に………ね?」

 本当に壊れてしまう危険があるのはあかねだ。
 その危険を今更ながらに強く意識して、友雅は背筋に悪寒が走る。
 優しく頬に手を添えられて、あかねの涙腺は一気に緩んだ。
 大粒の涙をぽろぽろと零して、崩れるように友雅の胸に倒れこんだ。

「神子殿…」

 片手で細い身体を抱き寄せ、ゆっくりと優しく頭を撫でつづけながら友雅はあかねが落ち着くのを待った。
 すがり付いた友雅のシャツはあっという間にあかねの涙でぐしょぐしょになってしまったが、それでも彼女の涙の流れるままにまかせていた。
 やがて数刻が過ぎると、ようやく落ち付きを取り戻してきたのか嗚咽が途切れ途切れになり、身体の震えもおさまってきた。

「少しは落ち付いたかな?」

 未だ頭をなで続けながら、友雅は顔も上げずに呼びかける。

「 ─── 頼久も、そんな所にいないで入ってきたらどうだい?」

 友雅の呼び掛けに、ドアの向こうで成り行きを見守っていた頼久が、音も立てずに部屋に入ってきた。
 顔色は僅かに青ざめているようだったが、友雅を見る目は険しい。

「………」

 何も言わない頼久に、友雅は大仰にため息をついた。

「やれやれ……。いつまでたっても、その堅苦しいのは変わらないのかな?」

「………性分ですから…」

 あかねと友雅から微妙に視線をずらせたまま、頼久は手のひらに爪が食い込むほど拳に力を込める。
 それにちらりと一瞥をくれながら、友雅はあかねの肩を支えるようにして顔を上げさせた。

「いいかい、神子殿。どんなにがんばっても一向に見えない道もある。けれどちょっとだけ肩の力を抜いて後ろを振り返ってごらん。君の歩いてきた場所に、道は出来ている。幾つもの枝道も見える。そして自分の足元をみれば、そこに道が出来ていくのを知ることが出来るよ。
 ───もう少し落ち着いて周りをみれば……。君と共に歩いて来た者達の道も見えてくるはず。次の一歩が踏み出せないのならば、道が見えないと嘆くならば、少しだけ、周りの者達の道筋に寄り道してもいいのではないのかな?
 焦って崖下に転落するよりも、また別の新たな道が見えてくるかもしれない…」

 泣き濡れた顔でじっと友雅の顔を見つめていたあかねは、静かに目を閉じこっくりと頷いた。
 ────── 皆に心配をかけたくない、不安を与えたくないために、ただがむしゃらに前に進もうとしていた。一緒に歩いてきてくれる人たちを、共に崖下に導くことになってしまったかもしれない。
 そう思うと、安堵と一緒に恐怖があかねを襲ってくる。

「友雅殿…、神子殿」

 頼久にも何か感じるものがあったに違いない。
 二人の名前を呟いたまま目を閉じた。

(友雅さん、頼久さん…)

 ゆっくりと恐怖がやわらいでゆく。
 友雅の暖かさ、頼久のやさしさが身に染みる。

(大丈夫…。がんばれるよ、私…)

 もっと他にも方法があるかもしれない。
 あかねの身体を使わなくとも五行の力を分け与えられる方法が。
 それには、隠していたことをちゃんと皆に話し、一緒に考えてもらおう…。
 ようやくそう決心し、まっすぐに友雅の瞳を見つめた時だった。

「───神子殿っ! 泰明殿がっ」

 永泉らしくなく大きな声をあげながら階段を下りてくる音が聞こえた。

「いけません、泰明殿。まだ安静にしていないと…」

「大丈夫だ、問題ない」

 そんなやりとりをしながら二人が階段を降りてきて、三人のいる居間の前までやってきた。
 開け放しの扉の向こうに泰明が姿を現し、強い視線で三人を見据える。

「天地の朱雀はまだ見つかっておらぬのだろう?」

「目覚めて神子殿にあって、最初の言葉がそれかい? …やれやれ。神子殿の苦労も尽きないねぇ…」

 友雅が大きくため息をつく。
 二日以上も昏睡していたのだ。頬はやつれ、顔色は白を通り越して青くさえ見える。体力も衰えているのだろう、ようよう立っているその足が体重を支える限界にまできているに違いない、ふるふると僅かに震えていた。

「や、泰明さん、寝てなきゃだめだよっ」

「いや…、大丈夫だ」

「……」

 頼久がすっと泰明の横に椅子をおき、そのまま部屋を出ていく。
 おそらく皆を呼びにいこうとしたのだろうが、果たして先ほどの騒ぎを聞きつけて、屋敷にいたもの達は次々と居間に集まってきていた。

「なんの騒ぎですか?」

 鷹通と恵梨が駆けつけ、続いて天真と藤姫が、そして周防までもがやってきていたのだった。

「まぁ、泰明殿っ。お気が付かれたのですね。いけませんわ、まだお休みになっていないと…」

「結界が弱まっている。寝ている場合ではない」

 頼久が差し出した椅子に一瞥して、泰明はきっぱりと言い切る。

「永泉、お前も気づいているだろう?」

「は、…はいっ。ですが……」

「天地の朱雀が行方をくらませて、この屋敷に張り巡らされた四神の結界は南から崩れている。それだけではない。この都を中心とした四神の結界すらも、壊れかけている」

「首都にも結界が…?」

 思わず鷹通が声をあげた。
 そんなものが存在するなどとは、今の今まで考えたこともなかった。
 この時代が、自分たちのいた京と同じように四神による結界が張られていたことなど……。

「過人が施したものだろう。天子のいる場所を穢れから守り奉るのはいづこも同じということだ」

 泰明はさすがに耐え切れなくなったのか、ひとつ大きなため息をついて椅子に腰掛けた。
 何故か気ばかりが急く。
 何かしなければならなかったはずだ…。

「まずはこの屋敷の結界を強化する。そして早急に天地の朱雀を探し出し、弱まった首都の結界を補強しなければ………」

 ごくり…と誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。
 一呼吸間をおいて泰明は一同を見回した。

「アクラムと黒龍の神子によって異常なまでに増幅した穢れが一気に吹き出し、その勢いと活性化した怨霊たちにより、現し代全ての均衡が崩れて崩壊する」

 誰も動くことが出来なかった。
 一番恐れている最悪の状態になる危機が、目の前に迫っていると告げられたのだ。

「早急にこの穢れた氣を浄化しなければならない。
 ─── 神子、力を貸せ」

「えっ?」

「自然から清浄なる五行の気を取り入れられない今、お前だけが八葉に力を与えることができる」

「や、泰明さん…?」

「お前と交わり、気を高める。早くしろ」

「!!」

 その衝撃的な事実は、いとも簡単なことのように、さらりと泰明の口から言ってのけられた。
 薄々は感づいていた者、知っていた者、そしてまるで寝耳に水の者達に、泰明の言葉はいろいろな意味で衝撃をもたらしていた。

「泰明殿っ!」

 呼ばれて声のした方に振り向くと、そこには頼久が拳を震わせながら今にも飛び掛らんばかりの形相で泰明をにらみ付けていた。

「……神子殿を、物のように扱うのはおやめください…」

「……? 何を言っている? 神子は物ではない。道具であるのは私の方だ。
 神子の為に力を振るうに、その術を求めずしてどうするのだ?」

「やすあ…きさん…?」

 何かがおかしい。
 ようやく一同がその事実に気づき始めた。
 怪訝そうに友雅は眉を潜めた。
 ─── これは…もしかして……?

「泰明殿……。あなたという人は……っ!」

 あかねを苦しませ、そしてまた公衆の面前で辱める。
 頼久の我慢はすでに限界を超えていた。

「神子殿をっ、あかね殿を愛してらしたのではないのですかっ!? なぜそんな酷い言葉を神子殿に投げつけることが出来るっ!?」

 頼久が勢いを止めることが出来ずに泰明に掴みかかろうとした、その時、何者かの手が横からすっと伸びて泰明の胸倉を掴み、とっさの事と弱りきった身体の為に反応できずにいる泰明の頬を殴り飛ばしたのだ。

 ─── ドサッ!!

「きゃあぁぁっ!」

 あかねの悲鳴と共に、たやすく弾き飛ばされた泰明の身体が床に叩きつけられた。

「…………貴様、いいかげんにしろよ。
 死にかけの病人だろうがなんだろうが、容赦しねぇ…」

 微かに息を乱して、怒りのままに瞳をぎらぎらとさせながら泰明を睨み付けているのは天真であった。




ようやく第参章「白の章」を開始いたします。
あまり時間がとれず、前ほどには更新できないと思いますが、
がんばりますので、どうぞお楽しみに…
一難さって、また一難…といったところでしょうか。(去ってないかも…;;;)
第弐章の最後がどうなったか気になる方は、裏を見ればすぐわかるでしょうが
もう少々お待ちくださいませ。そのうち明らかになることでしょう(笑)