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菊花抄  ~悠久なる時空を超えて~


第弐章其ノ九


「雨……」

 空気に湿った匂いを感じて泰明は空を振り仰いだ。
 先ほどまで綺麗な朱色に染まっていた空の一角に、もわもわとした積乱雲が発生している。
 今の所、泰明が訪れた場所一帯に、人に害を及ぼすような怨霊が出現する気配はなかった。
 問題になりそうなものや、その他気になる所は、粗方封印したり浄化してしまったりしたので、アクラム達が何かしないかぎりここの怨霊が活性化することはないだろう。
 それよりも………。
 先ほどからなにやら不安を感じて落ち着かなかった。
 こんな風にもやもやして胸が痛いと思うのは、今朝の一件があったからだろうか?
 あの時の事を思い出すにつれ、泰明の表情はどんどん氷のように冷たく固まってゆく。
 常より無表情であるというのに、氷のように冴えた美貌は壮絶さを増して、すれ違う人の視線を別な意味でも集めていた。
 彼自身、それに気付いてない分、それが周りの人間に与える影響は大きいらしく、女性も男性も、皆一様に彼に目を止め、ある者は呆けたように見惚れ、あるものは身震いし、ある者は頬を赤らめる。子供さえも、老人さえも、それは例外ではなかった。
 しかし、泰明はそんな視線など髪の先ほども注意を払わず、夕立の起こりそうな空をじっと見つめていた。
 大気に漂うのは雷雲の気配。
 ………雷雲………。
 それは平安の世界においての龍神。
 そしてそれはこの世界でも…。

(……まさか………、神子に何か…?)

 すっと過ぎるあかねの顔。

“あの…方法じゃなくても、五行を与える事が………”

 一生懸命に背伸びをして、泰明の宝玉に口付ける。
 流れこんだ力。
 灼熱の塊…。
 直接身体の奥底に流入して、一気に魂を高揚させる。
 ……それも、我を失うほどに………。

“これがその方法か…?”

 理性を振り絞って紡ぎ出した言葉は、まるで声になっていなかった。
 どれほどきつく抱きしめても、身体の震えが止まらない。
 あかねを求める心が………止まらない。

(………神子………)

 そのまま抱きしめた身体を草の上に横たえ、激しく愛していた。
 何もかもすべて、欲望の嵐の中に飲みこまれ、ただあかねのぬくもりだけを求めて。

“五行を与える方法が、……宝玉への口付け………だというのなら、………その方法はだめだ”

 そう。
 宝玉へ口付けたなら、抑制が効かなくなる。
 どれほどの自制心を以ってしても、かなり難しいだろう。
 ましてあかねに好意をよせている者ならば、止めることは不可能に近い。

(神子…。…………あかね……)

 身体を差し出すぐらいなら、口付けを奪われるぐらい何でもないと…、そう思っていたはずなのに、いざその時になったら胸の奥が抉り出されるように痛かった。
 芽生えて急激に育った“独占欲”が、酷く泰明を苦しめる。
 誰にも、触れることさえ、否、その姿を見せることさえ厭わしい。

「憂い顔も、お前のように美しい者が見せるなら、風情があるな…」

「!!」

 いつの間にか辺りはすっかり昏くなり、いつ雨が振り出してもおかしくない空模様になっていた。
 人々の足は夕立の気配にだんだんと早くなり、泰明と、その声の主の他はほとんど人影がない。
 泰明はゆっくりと振りかえった。

「…どうした、陰陽師。私の顔を見忘れたのか?」

 緋色の衣。
 白い面。
 遥かなる京より切り取ったかのようなその姿は、忘れるべくもない…。

「…アクラム…」







“────── …こ…”

(……? だれ……?)

 何処かであかねを呼ぶ声がしていた。

“神子……、我が神子よ ───”

(……っ!? 龍神様??)

“…んが……破られる…”

(えっ?)

“穢れた…五行が……くに…ながれ……、……い…が……られる……はやく……、は……”

(何? 聞こえないよっ? 龍神様っ!?)

“もう……我が……からも……届か……”

「龍神様っっ!?」

 自分の声で驚いて、あかねは意識がはっきりとした。
 叩き付けるような雨が痛いほどに頬を打ち、自分がまだ生きていて、今は呼吸をしていることも知った。

「ど、ど…して…? どうなったの…?」

 ─── ピカッ!

 鋭く閃く稲光が一瞬だけ辺りを照らし、すぐ近くに横たわる頼久の姿を浮かび上がらせる。

「よ、頼久さんっっ!」

 慌てて身体を揺さぶってみるが、彼はピクリともしなかった。

「頼久さんっ! しっかりして!」

 色を失った顔。
 呼びかけても返事をするどころか、目を開こうともしない。
 あかねは急いで頼久の顔に己の顔を寄せてみる。

「………」

 息を……していない。

「や、やだ………、嘘でしょ……?」

 ひったくるように手首をとり、心臓に耳を当てる。

 ─── ……トク………………トク……。

 弱々しく響く鼓動にひとまずホッと肩の力を抜くが、このまま呼吸をしなければ、間違いなく頼久は死んでしまう。

「そ、…そうだっ、人工呼吸っっ」

 うろ覚えの知識で頼久の頭を持ち上げ膝の上に乗せ、少し上向かせるようにすると、あかねは大きく息を吸いこみ、頼久の口に息を吹き込んだ。

(お願い…、頼久さん、目を開けて。……死なないでっ)

 もう無我夢中だった。
 願いが力となって、二人の口の隙間からポロポロ零れてゆく。
 それは地面に落ちて弾ける雨粒と一緒になって、宝石のように水滴を輝かせながら地に染み込む。
 ゆっくりと……。
 非常にゆっくりとではあるが、人工的に造られた死の地をも癒していった。
 しかし、今あかねの頭は頼久に呼吸をさせることだけで一杯だった。
 何度も何度も息を吹き込み、そして顔色を見る。

「頼久さんっ、お願いっ! 息をしてっっ!」

 ……そして。
 もう十数回にもなろうかという息を吹き込んだ時、グッ……と頼久の喉が鳴り、むせ返ったかと思うと、次の瞬間水を吐き出した。

「頼久さんっっ!」

 あかねは薄っすらと目を開いてぼんやりと彼女の顔を見つめたままの頼久を、ぎゅっとかき抱いた。
 ほっとしたせいかあかねは涙をぼろぼろ流し、打ち付ける雨とともに頼久の髪を濡らす。

「頼久さん~、良かったよ~~、ひぃ…くっ……」

 あかねに抱きしめられたまま、滝のように雨が降りつづける暗い空をぼんやりと眺めながら、頼久はようやく現状を把握すると鉛のように重い身体を必死で動かして起きあがった。

「神子殿………。神子殿が私を助けて……?」

「ううん。私じゃないよ。私ももうダメだと思ったんだもの。
 ……たぶん…、龍神様…。
 私の頭の中に、ずっと語りかけてきていたから……」

 ごしごしと手の甲で涙をぬぐって、あかねも空を見上げた。
 閃光が昏い空を切り裂いて地に落ちる。
 一瞬の間をおいて轟音が響きわたった。

「龍神……」

「やっぱり龍神様もあんまり力が届かないみたい…。声もほとんど聞き取れなかったし……。何か、私に教えようとしていた……。なんだろう……?」

 考えこみかけて、あかねは二人がずぶ濡れなのに今更気付いた。
 海に落ち、夕立に打たれつづけているから身体も冷え切っている。
 ぺったりと頬や首筋に張り付いた髪が、気持ち悪い。
 早く身体を温めないと、このままでは二人とも風邪をひいてしまう。

「どこか………雨宿り出来る所を探さなきゃ…」

 そう呟きながらあらためて辺りを見回すと、ここは訪れた埋立地ではなく、そこからかなり東に移動していた。あの時東側に見えた大きな橋が、今は西に見える。
 はっと思い付いて今日調達したばかりの携帯電話を取りだしボタンを押してみるが、びしょ濡れのそれは、やはり何の反応もなかった。

(やっぱりどこかで身体を休ませなきゃ……。それに電話…。どこか……)

 稲光以外の光源がないその場所は、暮明の中ですら分かるほど見事に何もなかった。
 島から出る橋すら、どこにあるのか検討がつかない。
 微かに浮かび上がる建物のシルエットはかなりの距離があり、その中で灯かりのついているものは僅か数件。

(あ! あそこって……もしか…して…?)

 灯かりの中に何かを見つけ、あかねは戸惑った。

(…でも……そんなこと言ってる場合じゃないよね……よしッ)

「行こう、頼久さん」

「えっ?」

 必死で頼久を立ちあがらせて、見るからに体躯の違う彼を支えると、二人はまだ雨の振り続くぬかるんだ道を、灯かり目指してよろよろと歩き始めた。




頼久さん、あかねちゃんにキスされて大丈夫!?
あえて書きませんでしたが、やはりそれなりに我慢してます。基本です(爆笑)
そしてあかねちゃんもそれに気付く余裕がないっっ(笑)
ま、九死に一生スペシャルだったんで、そんな余裕あるわけないですよね~
てな訳で今回も死人は出ませんでした(爆死)
死人は極力最小限に留めよう……>エッ??