第弐章其ノ七
「……そうですね。それが一番いいと思います。
鷹通さん、恵梨さんを…お願いします」
「神子殿…」
あかねは確認をとるように一同を見回した。
無論、反論などあろうはずもない。
恵梨はまるで、京に着ついたばかりの頃のあかねのようだった。
龍神の神子のような力はないものの、恵梨の一途さがあの頃のあかねに重なる。
脆いくせに、一生懸命強がる所もそっくりだった。
(お顔はまるで似てらっしゃらないのに……)
藤姫も苦笑を禁じえない。
「その女人…、見鬼……だな。
しかも属性がない。………宙…か」
今までじっと見ているだけだった泰明が唐突に口を開いた。
一同の視線が彼に集まる。
「泰明殿……。それは…もしや…」
「永泉、分かるか?
彼女には五行が必要ない。そして干渉しない」
「は、はい」
「泰明さん、それって一体??」
あかねが身を乗り出して訊ねると、さりげなく、泰明が視線を伏せる。
「その女人が力を振るうに五行は必要ない。…ということは穢れた五行も彼女には干渉しない。……しかも見鬼であるならば、詩紋やイノリを捜すのにうってつけだ……ということだ」
「では…」
「じゃあ私も今まで通り、詩紋やイノリを捜していいってこと??
ホント? ホントに??」
「ああ。そういう事になる」
「やったぁっ! ありがとうっっ!」
「「「!!」」」
その瞬間のとっさの恵梨の行動に、その場の全員が息を呑んだ。
否、正確にいうならば、当の本人達───泰明と恵梨───だけは特に何も思ったわけではないが。
肯定された余りの嬉しさからか、それとも元からそういう性格なのか、恵梨は泰明に飛びつくようにして抱きついたのだった。
「ありがと~~」
「……分かったから離れろ。───重い」
「失礼しちゃうわね~、私、そんなに重くないよ」
「え、恵梨さん…」
鷹通がどう言えばいいのか分からずに戸惑っていると、友雅がさりげなく彼女に声をかけた。
「私の胸も空いているのだけどね。
喜びを表現するのなら、ぜひともこちらでもお願いしたいものだ」
「覚えておくわ」
友雅を軽くいなして、恵梨は鷹通の腕を取ると微笑みかける。
「じゃ早く捜しに行こうっ」
今にも出て行きそうな恵梨の勢いに、藤姫は慌てて今後の行動を皆に告げた。
「で、では鷹通殿と恵梨様は引き続き詩紋殿とイノリ殿を捜してくださいませ。
私と永泉様は占いを続けます。友雅殿と天真殿は…B区に向かって下さい。…なんでも夜な夜なすすり泣く岩があるそうで、最近人死にが出ているそうですわ…。
頼久と泰明殿は……」
「一人で充分だ」
「ですが泰明殿……」
「一人の方が動き易い」
「泰明殿、」
「あ、私、私が頼久さんと一緒に行くよ。ね? それでいいでしょう?」
「………」
「神子様…」
話が堂々巡りしそうな成り行きを見て、あかねは思わず叫んでいた。
泰明が無事に生還したというのに、あれから二人が視線を交わした所を見たことが無い。微笑み交わすことも…。
藤姫は心の中でため息をつき、縋るようにあかねを見た。
「大丈夫だよ。みんなに携帯電話を持ってもらって、連絡が着くようにしよう。そうすれば、何かあった時すぐにそこに行けるから」
あかねの言葉でようやく藤姫が納得する。
こうして…。
周防に大至急人数分の携帯電話を調達してもらうのを待って、それぞれの場へ赴くことになったのである。
慌しい時間の間をぬって、頼久は屋敷の裏にあるいつもの林の中に来ていた。
広大な敷地の中でもここは文明の香りがほとんど届かない、いわば京に似た静寂と空気と、そして僅かな氣を感じさせてくれる数少ない場所だ。
頼久は好んで、暇があればいつもこの場所にいた。
『よく分からないのではなく………ひょっとして口にする事が憚られたのでは…』
あの時の永泉の言葉が頭から離れない。
ついぞこの騒ぎで聞きそびれているが、なんとなく不自然さを感じさせるあかねと天真、そして泰明の態度で、頭の片隅にひとまず棚上げされていた考えが蘇ったのだ。
(口にするのが憚られるような方法と……?)
考えども彼にはまったく思いつかない。
木立と潅木の間に埋もれて、まるで頼久は木々の中に溶け込むように佇んでいた。
隠れるつもりは全然ないのだが、僅かな氣でも出来るかぎり己の中に取りこもうとして、結果的に気配をも木の氣に同化する。
そして瞑想するように静かに目を閉じた。
─── と、その静かな時間はものの何分ももたずに破られる。
「─── ……」
かさり…とも足音を立てることなく、ほとんど無表情な面を伏せたままの泰明が頼久の佇むほんの数メートル先を横切ったからだった。
何かに気をとられているのか、辺りの氣と同化した頼久の存在に気がつかず……、否、頼久の気自体も弱々しかったのかもしれない。とにかく、俯いたまま彼の前を通り過ぎていった。
そしてそのすぐ後に、
「泰明さんっ、待って…」
やはり頼久に気付くことなく、あかねがパタパタと駆けてゆく。
(神子殿……)
二人は、頼久から少し離れた場所で立ち止まった。
視線をずらすとあかねの柔らかな髪の色が目に入る。
「泰明さん、お願いだから私を避けないで……」
「避けてなど………。……いや、避けていたかもしれない………すまない」
自然の音以外ほとんど何も聞こえてこないこの場所で、会話はまるで隣にいるかのように鮮やかに耳に飛び込んでくる。
今動けば……。
あかねですらさすがに気がついてしまうだろう。
頼久は出てゆくきっかけを失い、その場に凍り付いてしまった。
誰も聞いていないと思い安心しているのか、あかねは躊躇うことなく秘めていた事を口にした。
「ねえ、もしかしたら、あの…方法じゃなくても、五行を与える事が出来るかもしれない」
「………」
(!?)
泰明の応えは聞こえないが、その言葉に驚いて、頼久は危うく声をあげそうになった。
『よく分からないのではなく………ひょっとして口にする事が憚られたのでは…』
再度蘇る永泉の言葉。
(や、やはり神子殿は、いや、神子殿と泰明殿は、分かっていた……?)
茂みの向こうで動く気配がした。
一瞬、何が起こったのか分からなかった頼久だったが、視界に飛び込んだ神子の背中に回された腕を見て、そして微かに漏れる甘い吐息に全てを悟り、目を閉じる。
白くなるほどに握り締めた拳がぶるぶると震えているのを、頼久自身、抑えることが出来ずに。
「……どのような方法だ…?」
低い泰明の声が流れ、そしてすぐにまた神子が動く気配。
「くっ……」
泰明が押し殺した声を漏らし、何やら下生えが妖しく音を立てて乱れる……。
「…………」
「…………」
そこまでが頼久の限界だった。
泰明に気付かれようが、もうこれ以上ここに留まってなどいられない。
唇を噛み締めたまま、極力音を立てぬようにゆっくり後ろに下がると、しばらく離れてから踵を返し、その場を立ち去った。
背後から刺さる無言の甘い吐息に、胸を握りつぶされながら…。
必死に己の心と闘っている頼久には、辺りの気が僅かずつ澄んでゆくのに気付くはずもなかった。
ようやく準備が整い、それぞれ目的の場所に向かって出かけていった。
鷹通と恵梨は二人が消えた場所からもう一度。
友雅と天真は、夜な夜なすすり泣く岩があるというB区のとある坂道へ。
泰明はいろいろな妖怪や幽霊が出没している、M区のA町へ…。
そして頼久とあかねは毛むくじゃらの海坊主が出たT区の魚市場付近へと。
藤姫と永泉は、そのまま屋敷に残り、連絡役を兼ねて占いを引き続き行うことになった。
首都のあちらこちらで、今までにない怪現象に世間は騒ぎ、それに便乗してかどうか、凶悪な犯罪すら頻発していたのである。
あかねちゃんと泰明さんのラブラブシーンを見てしまった頼久さん
どんなにわかっていても心は止めることなど出来ません~♪(…おいっ)
この章、「炎の章」ですから…(^^;;)
熱く行きましょう、熱く!
次回、二人目(??)の怨霊さんとVSっっ
思いがけない方のご出演も??