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………私………。
徐々に今起こったことが分かってゆく。
頬に延ばした私の手を、彼の手が払い除けたのだ。
もしかして、拒絶された………?
それがもたらした衝撃は、今までに感じたことがない程大きなもので、私はただただ彼の顔を呆然と見ているだけしか出来なかった。
『これ、泰明! 女性には優しくしろと、何べんも言うておろうが』
「………」
泰明さんはまた、苦しそうな表情をして俯いてしまった。
さっき確かに拒絶されたはずなのに、私は彼を慰めて上げたくて…、抱きしめて「大丈夫だよ…」って言ってあげたくてしょうがなかった。
『神子よ…、許してやってくれ。儂が無理を言って神子をここまで連れてきて貰ったのじゃ。
これは可哀想な奴での。“幸せ”を知らぬ…………』
「幸せを知らない………?」
天狗の言葉に先程の泰明の哀し気な顔が鮮やかに蘇る。
だからあんな顔をするの?
泰明さんは“幸せ”じゃないの……?
知らずにそう口に出して言ってたらしい。
泰明さんはまた眉根を寄せて首を傾げた。
『幸せでないとは言っていない。“幸せを知らぬ”と言ったんじゃ』
幸せを知らない……って、じゃあ幸せじゃないからあんな哀しそうな顔をしていた訳じゃないのね。
私はほっとして、やっぱりそう口走っていた。
『ふぉっふぉっふぉ…。そなたなら泰明に“幸せ”を教えてやることが出来るかもしれんの』
わたしが泰明さんに……?
『ではまたな。“龍神の神子”』
それきり、その声は聞こえなくなった。
私が泰明さんに“幸せ”を教えてあげられるの?
沈黙が流れる。
彼も俯いたままだった。
「泰明さん……」
堪えきれなくて私がそう呟いた時、何かにはじかれたように彼が顔をあげた。
「泰明さん??」
「これは………………心のかけら?」
ふわり ───
柔らかな気が辺りを包み、それが泰明さんに集中する。
当然のように彼の中にその気配が吸い込まれたかと思うと……………。
「! ……また…」
え?
二つも……??
これまでも泰明さんや他のみんなが心のかけらを見つけた時はあったけど、二つもいっぺんに来たのは初めてだ。
私が泰明さんの顔を凝視していると、瞳を揺らせた彼は「そういうことか…」とぼそり、呟き、私にくるりと背を向けた。
「え? えっ? 何が「そういうこと」?
心のかけらが戻ってきたんでしょ? 一体どうなったの?」
「…問題ない」
私に背を向けたまま、彼はいつもの調子で答える。
そんな言葉で私が納得できるわけないじゃないっ。
だって、さっきまであんなに苦しそうな顔をしていたのに。
…今だって彼の背中から、何かいつもと違うものを感じられるのに……。
あんなに哀しそうな表情を見せておいて、「問題ない」の一言で私が納得できるなんて、本当にそう思ってるのかしらっ。
「問題ないはずないじゃない。
さっきまであんなに苦しそうな顔してて、いきなり二つも心のかけらが戻ってきて、「私は悩んでるんです」って顔してっ」
本当に信じらんないっっ。
今日だって何のために私をここに連れてきたのか、それだって説明してくれないし、さっきの花を「持っていけ」って言ったのだって誰だか教えてくれないし…。(……って、それはちょっと聞かなくてもいいかもしれない…って思うけど……)
「全然何も話さないで、自分の中でだけ解決しちゃうなんてっ。
あんな表情を見せておいて私の心を乱すだけ乱してっ!
だったら最初からそんな悲しそうな顔しないでっ」
あっ……。
不覚にも涙が出てきた。
どうしてだか自分でも分からなかった。
もう泰明さんなんか知らないって、そう思ってここから帰りたくても、どうしても足が動かない。
泰明さんも私に背を向けたまま微動だにしなかった。
何で私が泣かなきゃいけないの?
こんな、何でも自己解決しちゃう人の為にっ?
「…私は……そんなに苦しそうな顔をしていたのか?」
「……えっ?」
最初は、彼が何を言っているのか理解できなかった。
「悲しそうな顔をしていたのか?」
「泰明さ…ん?」
「それが何故……、神子の心を乱すのだ…?」
そう泰明さんに言われて、はっと気付いた。
そうだ。
どうして私、泰明さんのあんな顔を見てこんなに心がかき乱されるんだろう…?
「苦しそうな顔など、していない。
悲しそうな顔など、するはずがないっ。
神子が気にすることなど、何一つないっ!」
彼の声はほとんど悲鳴に近かった。
背を向けた彼の身体が震え、握り締めた拳も揺れる。
「そんなこと、あるはずがないっ!
悲しそうな顔をするはずなど、絶対に有り得ない!」
怒りを含んだ悲鳴が響く。
「なんで、そんなに怒るのよっ。
人間だもの、悲しい時だって苦しい時だって、あるじゃない。
そんなに怒らなくてもいいでしょっ」
「怒ってなどいないっ!
怒るはずなどないのだ、私はっ……!?」
怒りにまかせて彼がこちらを振り向き、そして息を飲んだ。
呆然として私の顔を見つめたまま、動きを止める。
「それのどこが怒ってないのよっ。
目一杯、怒ってるじゃないのっっ」
「………」
あっ………。
彼の表情がまた、変わった。
怒りにキラキラと燃えていた瞳が瞬時に驚きに変わったかと思ったら、今度はまた苦しそうに目を細める。
「や、泰明さん……」
「怒ってなど………いない……。だから、…」
彼は唇を噛み、私からすっと目を逸らせた。
「………だから、泣くな……」
そう言われて、私はぼろぼろ涙を零していたことを思い出した。
恥ずかしくて、悔しくて、悲しくて……。
もうどうしていいかわからなくて、そのまま黙って戸惑っていると、泰明さんがふいに顔をこちらへ向けた。
そして私の方に手を伸ばしかけ、止める。
しばらく逡巡した後で、また顔を逸らす。
一体何を思ってるの?
「お前が泣く必要はない。
私のことでお前が気にとめることなど何一つないのだ。
………私は“人”ではない。
だから私が怒るはずはないのだ。悲しむことも……」
何?
今………泰明さんは何て……?
“ヒトデハナイ”?
人じゃない……?
「私は二年前、お師匠、…安倍晴明様とこの北山の天狗の術によって創られた存在だ。
だから人のように怒ることも悲しむことも…ない」
「創られた存在?
怒らない悲しまない…って、感情が無いってこと?」
「そうだ」
何だか分からないけど、酷く腹がたってきた。
感情が無い?
一体何言ってるの、この人はっ。
こんなに感情を露にしておいて、今更何を言ってるのよっ!
「感情がない?
そんな嘘ばっかりっ。
あんなに悲しい顔して、あんなに怒った顔して、馬鹿な事言わないでっ。
泰明さんには、ちゃんと感情があるじゃないのっっ」
涙が止まらなかった。
自分に感情がないと肯定している泰明さんは、自分の言葉に目一杯傷付いていた。
…自分で自分を傷付けていた。
きっとそれすらも分かってないんだろうけれど…。
「そんな傷付いた眼で私のこと見て、私に「気にするな」って言うの?
そんなの無理に決まってるじゃないっ」
「だが、事実だ…」
苦しそうに顔を歪め、そう告げる泰明さん。
その言葉と表情に、私の胸がぐさっと切り裂かれた…。
………ああ、そうか……。
私、今気付いた。
この人が好きなんだ。
きっと、多分………初めて会った時から。
この人の冷たい物言いがとっても気にかかって、「苦手だ…」と思いながらもどうしてそんな風に話すのか知りたくて。
彼の言葉の一つ一つに反応してる…。
彼の表情、一つ一つが私の感情を揺さぶってゆく。
私は泰明さんが、好きなんだ………。
お、おかしい…書こうと思いついたところが、未だ出てきません(汗)
まだ続きます(;;)