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そうだったんだ……。
彼の感情が私の心に写るほど、私は何時の間にかこんなにも泰明さんの事が好きになっていたんだ。
あらためて気付いた自分の想いに、私は少しだけ気持ちが楽になった。
……もっと知りたい………、この人を。
「……うん。分かった。
もういいよ、ごめんね、泰明さん」
「神子……?」
突然に態度を変えた私を、彼は明らかに戸惑った表情で見つめている。
「泰明さんがお師匠様の術で創られたことも、泰明さんが自分のこと『人じゃない』って言うことも、ちゃんと、分かったよ」
頬が濡れて冷たいと感じ、私は袖で涙を拭った。
泣きたいのはきっと私じゃない。
私が泣いたら彼は泣きたくても泣けないよ……。
「………………そうか」
「それからね、泰明さんが自分のこと『人じゃない』って思ってても、私は泰明さんの事『人』だって思ってるから」
「なっ!?」
「それなら別に“問題ない”でしょ?」
あっけらかんと言い放った私に、泰明さんは完全に意表を付かれたようで、反論も出来ずに口を開けたままだった。
ちょっと気持ちが切り替わっただけで、あんなに止まらなかった涙が嘘のよう。
なんだか嬉しくなってきて、にっこり笑って彼を見返した。
「も、問題ない訳がないだろう。
私は『人でない』と思っているから人でない訳ではない。事実だからそう言っているまでだっ」
「はいはい、分かってます」
「分かっていないっ」
「いいって、いいって、もう帰ろう?
ここに来る目的はあの、天狗さんに会うためだったんでしょ?」
「そうだ。………だが、」
「火之御子社に寄り道して帰ろう? まだ日が暮れるまでに時間があるし、泰明さんがいれば私を守ってくれる……。そうでしょう?」
「もちろんだ」
「よ~し、決定っっ」
私は彼の手をとり、来た道を戻っていった。
「神子…」
泰明さんの表情がまた変わる…。
諦めたような(呆れられた…かな??)、それ。
けれどその表情の中に、少しだけほっとしているような感情が見えたのは私の気のせいじゃないよね…?
豊かな緑に囲まれた社。
ここは北山と同じくらい清々しい。
けれどやっぱりここにも穢れは侵食していて…。
鳥居のある泉の近くに来た時予想通り、私たちは出会ってしまったのだ。
そう怨霊に。
「神子、気をつけろ」
「はい」
片手で数珠についた飾り羽を持ち、泰明さんは私を庇うようにすっと私と怨霊の間に立ち塞がった。
「問題ない」
彼の背中がいつもより大きく見える。
好きだ…と私が認識したからか、それとも彼の中で何かが変わったからか、その背中からいつもの自信と誇り、そして「守る」という強い想いが感じられた。
立ちはだかる怨霊は蜘蛛の身体をしていて、そのくせ顔は般若のよう。
硬そうな繊毛がびっしりと生えた足をわたわたと動かして、こちらの動きを待ち構えていた。
泰明さんが気弾を放つ。
二つ三つそれを受けて、怨霊はかなりダメージがあったらしく、血走った目を狂ったような怒りに燃え立たせる。
四枚のお札がそろって私は封印が出来るようになり、そして力も少しだけど強くなった。
八葉もそれぞれ力が大きくなっている。
泰明さんも例外でなく、こういった気で攻撃する闘いを見ていると今までとは明らかに違っている呪力の大きさを痛感する。
「……呪符退魔!」
気合を入れて放った彼の術で、怨霊は封印する間もなく、霧散して追い払われてしまう。
つ、強い…とは思っていたけど…。
こうもあっさりかたがつくとは思ってもいなかった。
封印しようと思って待ち構えていた私の、出番なんか全然ない。
「封印しようと思ってたのに~~」
「ならば、初めからそう言え」
いつもの口調。
…でも何故か、怒られているように思えない。
「は~~い」
私も素直にそう答えた。
微かに驚いたような表情を見せた後、泰明さんが笑った。
にっこりと、暖かで胸が痛くなるほどに綺麗な笑顔で。
─── ドキンっ!
…と、胸が高鳴る。
目覚めた私の恋心は、今までの時間を一気に取り戻すかのように勢いづいて、ひと時も彼から目が離せない。
泰明さんも、私を見つめていた。
こっちが居心地悪くなるほどに……。
「あ、……あの……、えっと…」
知らずに後ずさっていた。
別に何も後ろめたいことがあるわけじゃないけれど、朝露のように澄んできらきらと光っている穢れない瞳からの視線に、心の奥底まで覗かれているようで。
だからすっかり足元がお留守になっていて、池の周囲を取り囲んである岩に気付かなくて……。
「っあ!? ─── きゃあぁっ!」
「神子っ!!」
─── ばしゃぁぁぁんっ!………
…………………………………。
池が浅くて良かった……。
まるでお風呂に入ってるみたいに池の底に尻餅をついて、頭のてっぺんまでずぶ濡れ。
我ながら情けなくて恥ずかしくて、すぐに立ち上がることも出来ずに俯いていた。
「大丈夫か……?」
そんな状態のはずなのに、何故か泰明さんの声がすぐ傍から聞こえる。
ぺったりと頬に張り付いた髪を手で梳きながら顔を上げると、真正面に泰明さんの顔のアップ。
「ひぇっ!?」
「怪我はないか?」
ど、どどどうして、や、泰明さんの顔がこんな近くにあるのよ~~~~~っっ!?
頭の中の半分はパニック。
そしてもう半分は、何故か冷静に状況を判断しようとしている自分がいて。
今の私の格好は尻餅を付き、両手を後ろ手について体を支え、そして足はまるで迎え入れるように膝を立てて開いてしまっていて……。
そしてその足の間に泰明さんが……………、泰明さんが………………、そ、そのー、まるでエッチする時みたいにのしかかっていて……、心配そうな顔で私を見ている。
その格好といったら、本当に恥ずかしくって、後から思い出しても顔から火が出なかったのが不思議なくらいだ。
(あっ…………!?)
けれどまたしても、突然に湧き上がる既視感。
瞬間、全ての感覚が、─── 羞恥心も、痛みも、冷たさも、何もかもが感じられなくなって、鮮やかに蘇る今朝方の夢…。
足首からふくらはぎ、太ももへ……這い登るキス。
そしてゆっくり顔を上げた泰明さんは切なそうに顔を歪め呟く。
『お前が欲しい………。ダメか…?』
キャーーーーーッ!!
もうだめっ!
恥ずかしくって泰明さんの顔がまともに見られないッ!!
わ、私ってば、欲求不満なのっっ!?
どうしてそんな、恥ずかしい夢を見たのよっっ!?
私が恥ずかしさの余り両手で顔を覆ってしまったからか、彼も身じろぎ一つせずにじっとしていた。しばらくの間二人ともそのままの格好で池から出ようともしなかったのだ。
本当に誰もこなくて良かった……。
そして暫くしてからようやく彼が我に返ったらしい。
「と、とにかく、池から上がる」
そのまま問答無用で抱き上げられ、ぼたぼたと水滴を垂らしながら火之御子社を後にしたのだった。
私はそのまま泰明さんに抱きかかえられながら、帰路に付いていた。
途中何度か「自分で歩く」と訴えたんだけれども、がんとして泰明さんは私を下ろしてくれない。
けれどやっぱり重いし、幾らなんでもそれなりの距離はあるしで、さすがの泰明さんも神泉苑付近まで来てようやくのことで私を解放してくれのだ。
「大丈夫か?」
「それは私のセリフだよ? 重かったでしょう?
怪我とかもしてなかったから、歩いても大丈夫だったのに…」
「いや……。確かに重かったが、私がお前を離したくなかったのだ」
えっ?
今、何て……?
嬉しい事とちょっとムッとするような事を一辺に言われたような気がする…。
もう一度はっきり聞きただそうとして振りかえると、彼はもうすでに歩き出していた。
「何をしている。早く帰って着替えないと体調を崩すぞ」
そう言いながら振りかえった泰明さんはにっこりと微笑んで…。
夕日にキラキラと濡れた髪を輝かせているはずなのに、まるで朝日を浴びているように清々しかった。
そんな柔らかで穏やかな微笑みを見て、私がそれ以上言葉を紡げるはずが無く。
「はぁ~~い。今、行くよ」
前を歩く彼に小走りで近付きながら、自然と笑みを零していた。
・・・Fin
ようやく、まとまりました>ホントかっ?
一応書きたいところは出したんで、もーいいです(爆)
恋愛イベントの設定を使ってますが、部分的に大分違います。
しかも顔の封印とれないし~~(^^;;) ま、爽やかに終わった…ってことで(汗)