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はっきり言って……。
私、最初はあの人が苦手だった。
嫌い…って訳じゃ無いけど、やっぱり冷たい人だと思っていた。
簡潔に、しかも何の飾りも無い言葉が、そっけなく、冷徹に、こちらの気持ちなどおかまいなしに放たれる。
頼久さんみたいに無口なのとは全然違う。
必要なことしか言わないし、へたをするとそれすら省略されちゃう…。
自分だけが分かっているからそれでいい……。
自分が動けばそれでいい………。
そんな感じを受ける、あの人の言葉。
他人など少しも、彼の関心を引くものではないと言われているようで。
でも私が一番驚いたのは、どんなに冷たく突き放した物言いでも、彼の全てが八葉として「龍神の神子」の為だって事を、私自身がまるで疑ってなかった……という事実だった。
………そう。
彼の事が苦手だった時から、…いえ、初めて逢った時から、私は無意識にあの人を信じていたのだ…。
ずっと……。
私は、褥の上にぼぉーーーっと座りながら、まだ暗い母屋を見回した。
ここへきてどのくらい経つのだろう。
あの井戸に吸い込まれてから…………、そうもう一ヶ月以上が過ぎた。
四枚のお札を集めて、「さあ、これで大丈夫」と思ったのも束の間、それだけじゃだめだって言われて……。
後は四神を解放しなきゃいけないことになった。
………そうだった。
この間、それを藤姫に言われて、天と地、どちらを選ぶか聞かれた時、何故か頭に浮かんだ「地」を選んだんだっけ……。それで天真くんと頼久さんと一緒に音羽の滝にいって。
それから青龍の呪詛を解除して……? えーっと……。
どうやら私の頭はまだ眠っているみたい。
さっきまで何となく幸せな夢を見ていたような気がするけれど、それがどんな夢だったのか思い出せなかった。
ふわふわと、漂うような暖かい感触はまだ残っているのに…。
夢の続きを追うように、私は袿を引きかぶり、また幸せな夢の中に戻ろうと目を閉じたのだった。
「 ─── 神子様、神子様…」
この声は藤姫の声。
はっとして飛び起きると、外はもう明るい陽射しの中で…。
「ひぇっ、私、また寝坊しちゃった?」
自慢じゃないけど、この世界に来てから朝まともな時間に起きたためしがない。…というか、かならず誰かに起こされる。
「泰明殿が先程からおみえなのですけど、その……、お急ぎのようで……あっ!?」
藤姫の言葉が終わるか終わらぬかのうち、話題の主が何の躊躇もなく部屋の中にずかずかと侵入して来たのだ。
「…失礼する。神子はまだ寝ているのか?」
「や、泰明殿…」
「あっ、や、泰明さん……。その~~、お、おはよう…」
「………もう早くはない。
─── 出掛けるぞ。支度をしろ」
「は、はいぃぃーー???」
「聞こえなかったのか。出掛けるから支度をしろと言ったのだ」
そんな急に言われても、朝ごはんだってまだなのに……。
私の中は半分怒り、半分諦め。
そう、この人はこういう人なのだ。
今さらもうとやかく言うつもりはない。
私は口の中でぶつぶつ呟きながらも、素直に着替えの支度を始めた。けれど…………。
「や、泰明さん、そこで何してるの?」
「? …お前を待っている。
余計な事を言っていないで、早く、しろ」
と、無表情のまま言い捨てる。
って、冗談でしょっっっ!!
そりゃ、女らしいとはお世辞にも言えないくらいの貧弱な身体だけど、私だって一応、羞恥心ってものは持っているんだからね~~っっ。
「泰明殿っ! 神子様はお着替えなさるのですよ、殿方は外に出ていてくださいませっ」
「? 私なら別に構わないが?」
「泰明さんが構わなくても、私が構うのぉっっっ。
いいから、庭で待っててよっ、すぐに行くからっ」
私の余りの剣幕にさすがの泰明さんも目を見開いた。
そして怪訝そうに眉を潜め、明らかにクエスチョンマークを飛ばしながらも、すっと衣の裾を翻して部屋を出ていきかける。
「わかった、そうしよう。…しかし、出来るだけ早く、」
「分かったら、出てってぇっっ!」
行き掛けにくるりと振り返り、念入りに釘を刺す彼にとうとうぶち切れて、私は館中に聞こえる程の大声を張り上げていたのだった。
……まったく。
彼のああいう言い方には慣れてきたし、本当は冷たい人じゃないってことも分かったけど、時々こうやって叫んでしまうことがある。
ふぅ……。
乙女心を解さないにも程がある。
私は乱暴に水干に手を通しながら唇を尖らせた。
でも「乙女心を解さない」って言うより、「常識を知らない」って言った方がいいんじゃない??
「うっわぁ~~、何かとっても神秘的なところ。それに空気がとっても澄んでる。
きゃあっ、このお花、とってもきれい~~~」
北山の自然は優しく私を迎えてくれた。
龍神の神子になってから、それを自覚しないままに重責を押し付けられ嫌な思いも何度かしたけれど、いいことも沢山あった。
自然……というか、その土地の気持ちが、ううん、土地だけじゃ無くて、木々や草花や、風や水、空の気持ちが信じられないぐらい伝わってくる。
その分、いままで当たり前に見ていた木々の緑も花の色も、途端、命を得て鮮やかに私の目に映る。
…だから土地が、自然が、泣いているのが分かった。
「私達を蝕む、黒い力を退けて」………と。
自然の念いが感じられるから「龍神の神子」なのか、「龍神の神子」だから念いを感じ取れるのか。
最初はそれが物凄く気になったけど、今はもう自然の為に、京の為に全力を尽くすつもりでいる。
薄らと露に濡れた、桔梗に似た紫色の小さな花をじっとりと眺めながらぼんやりとそんな事を考えていると、ふと、肩ごしに気配を感じる。
「? 何か問題でもあるのか?」
余りにも私がしげしげと見つめていたからだろうか、いつの間にか泰明さんが私の肩ごしに同じ花を見つめ、首を傾げていた。
「……………」
「あっっ……」
その時だった。
彼にすれば何の気ない仕草だっただろう。
けれど私の中に走った電流みたいな強烈な感覚。
それが何なのかもちろん分かるはずも無かったけれど、その時、確かに感じたデ・ジャ・ヴ。
私の肩ごしに延びた彼の手が、ゆっくりと小さな花を摘み、そしてそのまま私の目の前に差し出す。
「…気に入ったのなら持ってゆけ。……そう言っている」
……………だ、誰が……?
聞くのがちょっと恐いような気がして、私は無言で泰明さんの手を見つめていた。
花ではなくて、彼の手を。
綺麗でしなやかで…。
男の人の手にしては長過ぎる指も、やっぱり男の人と思える大きな手のひらも。
何故か私の目を釘付けにして離さない。
……あの手に頬を包まれたら、一体どんな気持ちがするんだろう……。
ぼんやりと眺める、泰明さんの差し出す花と彼の手は、私の心にそんな気持ちを植え付けた。
……?
なんだろう……、今何か思い出しかけた?
「時が移る……。行くぞ」
もうすでに泰明さんの中でさっきの事は終わっているらしい。ぼぉっとした私を気にするでもなく、さっさと山道を上りはじめてしまった。
………泰明さんて……。
分かってる。そういう人だよね……ふぅ……。
その場所に着いた時、何か大きなものの腕の中に包まれたような気がした。
うっそりと聳え立つ木々。
静まりかえった奥深い山の中は、都の喧噪がまるで嘘のように何の音も聞こえてこない。
いいえ。
幽かな虫の声。
ささやかな葉ずれ。
木々の息遣い。
そういった自然の息吹が自分のすぐ間近に感じられる。
私はそんな神秘的な想いに心を奪われ、彼が僅かに眉を寄せて瞳をくゆらせていたのに気付かなかった。
「……すごく、神秘的な所…」
『それは誉められていると思っていいのかの? 泰明?』
「え、ええっっ!?」
突如、枝葉を震えさせるような大音響がして ─── 辺りが静かすぎたからそう感じたのかもしれないけれど… ─── 心臓が飛び出す程驚いた。
「や、やすあき…って、泰明さんの知り合い?」
『儂は天狗じゃ。泰明の知り合いというよりも、泰明の師匠の知り合いといったほうがよかろう。そなたが龍神の神子じゃな…?』
「は、はい。…えっと、その……、そうです…」
とっさに泰明さんの腕にしがみついていたらしい。はっと気が付いて離れて、慌てて振り仰ぐと、苦し気な彼の顔を……見てしまったのだ。
「や、泰明さん……? どうしたの?」
とても思いつめて、それでもどうにもならない…というような彼の顔。
実際そうなのだろう。
普段無表情なだけに、そういう顔を作り出すなんて器用なまねはできるはずがない。
「……どうも…しない」
「だって、何か苦しそうだよ。それともどこか痛い?」
「苦しそう? ……そうなのか?」
「うん」
私の言葉が納得いかないのか、綺麗な眉を潜めて軽く首を傾げている。
「………分からない」
ぽそりとそう呟いた時、彼の顔が泣きそうに歪んで見えた。
そんなこと、あるはずなんてないのに。
いつも冷静で、こっちが腹立つくらい適格で率直な言葉を吐く人なのに…。
その時の彼の顔は、まるで置き去りにされた子猫のように頼りなく、哀し気だった。
そんな彼の顔は見たくないっ!
とっさに私は彼の頬に手を添えて…………
「!! 触るなっ!!」
パンッッ! ───
乾いた音と泰明さんの叫びが木霊した。
しばらくは、何が起こったか理解できなかった。
な、なんか先も見えずに書き始めてしまった物です(汗)
恋愛イベントを起こしていますが、忠実に再現しているわけではありません。
私、一体何が書きたいんでしょう~~(;;)
もちょっと続きます