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飛空都市湯煙事件簿 ~その2


「ねっ、とぉーってもきれいでしょ?」

「わぁ、本当」

 森を抜けて、崖に沿って降りる細い道を下ると、岩場の間に川が流れており、その上の方には湯気が立ち上っているのが見える。川の脇も木々が生い茂っており、良く晴れた飛空都市の青空とともに、心地よい色彩で目を楽しませてくれる。
 川は崖下をぐるりと回り込んでさらに奥に続いていた。
 湯煙がそこここで揺らめいて、水の流れる音がさらに情緒を刺激した。
 それらを見て無邪気にはしゃぐアンジェリークを前に、オリヴィエはやさしい視線を少女の上に落とす。

「ほーんと、あんたってばカワイイね」

「えっ? 何ですか? オリヴィエ様」

「何でもないよ…。さっ、付いたよ。次はあんたたちが入れる場所を探さなきゃね」

 それは程なく見つかった。
 崖を少し回り込んだ所に少し低くなった窪みがあって、ほどよい温度の湯がたまっている。後ろ側は低い灌木が茂っていて、上に続く小道があるが、灌木を廻ってこなければ、道の方から見える心配はない。それに右側は川に面していて、こちらからも、オリヴィエとオスカーがいる河原の方を通らなければ、見られる心配はなかった。ただ、川の向こう側の森から誰かがくれば、真っ正面に見えてしまうが、そちら側に家などはなく、まず人のくる心配はない。

「あんたたち、先に入りなさいよ。あたし達はこっちで見張っててあげるから。その後あたしも入っちゃおっと…」

「男と一緒に風呂に入る趣味はないが…」

「あたしだってないわよ!」

「ま、俺がこのヒラヒラ派手なのを見張っててやるから、安心して入ってくれよ」

「ふん、見張られてる分際で何をいってるのかしらっ?」

 楽しそうに(?)漫才している二人を置いて、さっそくアンジェリークとロザリアはお湯に入ることにした。

「まぁー、アンジェリーク…。あんた、見かけより結構、ムネがあるのね」

「やだぁ、ロザリアこそ。しまるところがしまってて、とってもスタイルがいいのね、うらやましいなぁ…」

「当たり前だわ。私はこの完璧な美貌とスタイルを維持する為に、毎日努力しているのよっ」

 キャーキャー騒ぎながら、少女たちは体中が耳になっている守護聖二人の存在をすっかり忘れて、大声で話している。

「……。お嬢ちゃん……着痩せするのか…」

「何考えてんのよっ! このスケベっ!」

「お、おまえこそ、気にならない振りをしながら、向こうににじり寄っていくのはやめろ」

「や、やぁねぇ……、そ、そんなコト、ないわよ」

「ウソをつけっ」

 崖の反対側では不毛な言い争いが続いていた。
 飛空都市は爽やかな風が吹き、気持ちのいいほど空が晴れている。
 アンジェリークは空を見上げながら、ほおっとため息をついた。

「…とってもきれいね、ロザリア」

「えっ? 当たり前だって言ってるでしょ」

「違うわ、飛空都市のことよ…。こんなキレイで優しい空気が溢れているのに、女王様の力が衰えているなんてとっても信じられないくらい」

「…そうね」

 その時であった。
 崖側の灌木の茂みがガサガサと揺れた。

「きゃっ、熊?」

「……あんたねぇ……。風じゃないかしら?」

 再びガサガサと、今度は先程よりもはっきりと、あきらかに誰かがそこに来たのが分かるように揺れたのだ。

「!」

「!」

「!」

 ふいに茂みから現れた人物は、二人と対峙したまま言葉を失った。そしてそれは突然の来訪者に驚いた女王候補二人も同じだった。

 ──── 一瞬の沈黙の後……。

 きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
 飛空都市の青空をすっぱり切り裂いて、少女たちの悲鳴が上がる。

「お嬢ちゃん!」

「アンジェ!」

 はじかれたようにオスカーとオリヴィエが崖の陰に向かって走り出す。

「!」

 少女たちのもとにたどり着いた二人が見たモノは…。
 馬から落ちて、ショックで気を失っている光の守護聖ジュリアスの姿であった。

「じゅ、ジュリアス様……」


 オスカーが呻く。

「……これは…、ちょっとマズイかも…」

 オリヴィエも唖然としたまま呟いた。
 二人がジュリアスに気を取られている間に、岩の陰に逃げ込んで服を着てしまった少女たちがそばに走り寄ってくる。

「どうしよう…、オリヴィエ様」

「…ジュリアス様、私たちの悲鳴に驚いて、馬から落ちてしまわれたのですわ。どうしましょう…」

 ジュリアスのそばには、既にオスカーがいっている。
 どうやらケガはないらしい。落ちたショックで、気を失っているだけのようなので、よもやの事態はないであろう。

「ちょっと、オスカー。どうする?」

「……まさか、ジュリアス様が来るとは…。ケガも無いようだし、たいしたことはない。落馬といっても止まっていた馬から落ちただけだから、すぐ気が付くだろう」

「そんなことじゃなくて! アンジェたち、ばっちり見られちゃったんじゃない。どーいって説明するのよ」

「うーん……まさかジュリアス様が下まで降りて来るとは思わなかったからな…」

 しばし考え込んだオスカーは、ポンと手を打つ。

「いっそのこと、みんな一緒に入浴する…」

『却下!』

 三人の声が見事に調和する。

「うーん、ならば潔く、全てを話すしかないだろうな……」

「もしかして……ジュリアス様が私達を見たのはホントに一瞬、すぐに私達の悲鳴に驚いちゃって馬から落ちてしまわれたから、ひょっとしたら私達だって分からないかも」

「まさかぁ」

 アンジェリークの思い付きに、オリヴィエは首を傾げる。

「ジュリアスに限ってそんなことは…」

「でも湯煙の中で、しかも少し離れたところから見たんですもの、もしかしたら顔なんてはっきり見ていらっしゃらないかもしれないし…」

「うーん……」

「そりゃあ、ジュリアス様だって男であるわけだし、顔より先に、他に目が行く所があるかもしれんが……」

バコッッ!!

「いたっ! 痛いじゃないか! 何するんだ」

「レディの前でなんてこと言うの。下半身でモノを言うのをおやめっ!」

 オスカーが見ると、アンジェリークとロザリアはさっきの瞬間を思い出したのか、真っ赤になっている。

「わ、悪かった…、お嬢ちゃん方。…しかしいきなりぶつことないだろう、オリヴィエ。お前だってそう思っただろうに…」

「…いっそのことあんたを川に沈めたいって思ってるわ…」

 オスカーをギロリッと睨み付けると、オリヴィエはため息混じりに言った。

「しかたない……」

 オリヴィエはまだ頬を朱にしているアンジェリークとロザリア、オスカー達の耳元に口を寄せて、何事か囁きはじめたのである。







「……ス、ジュリアスってば!」

「う、う~ん……」

「ジュリアス様、しっかりして下さい、ジュリアス様」

 光の守護聖は、聞き慣れた呼び声に意識を取り戻した。
 まぶしげに陽光に手をかざすと、自分の今の状況を思い出して、がばっと起きあがる。

「アンジェリークっっ!」

「へっ?」

「ジュリアス様、どうかなされたんですか?」

 目の前にあるのは炎の守護聖オスカーと、夢の守護聖オリヴィエの顔だ。

「お、おまえ達…、どうしてここに? アンジェリークはどうした? それにもう一人いたような…」

「ジュリアスってば、いったい何を言ってるの? …馬から落ちて打ち所が悪かったのかしら…」

「どうしたんですか? ジュリアス様。ここには我々二人しかいませんが」

「そ、そんな馬鹿な。…私は確かに見たぞ、ここにアンジェリークが裸で、」

「えっ? 裸!?」

「あっ、あぁ、その、いや、…た、たしか、ここでアンジェリークを見たような」

 夢の守護聖と、炎の守護聖は互いに顔を見合わせた。

「ここにはさっきからあたしたちしかいないわよねぇ」

「ええ、……そうです」

 後ろめたさがあるのか、オスカーは幾分ためらいがちに言う。

「私が見間違えたとでも言うのか? あれは間違いなくアンジェリークだった」

 そういうと、ジュリアスはその時を思い出したのか僅かではあるが顔を赤くした。

「……そー言われてもねぇ…。ジュリアスってばあたし達を見るなり、いきなり馬から落ちちゃって、こっちもびっくりしたよ。それに、目を覚ますなり、『裸のアンジェリーク』なんて言っちゃって…。ひょっとして白昼夢でも見たんじゃないの?」

「わっ、わたしがっ、いつ『裸のアンジェリーク』などと…、」

「ああああぁぁー!」

 オリヴィエはいきなり大声を上げた。

「なっ、なんだ?」

「……ひょっとして、ジュリアス……、アンジェリークのヌードを見たいなんて思ってたんでしょう? 白昼夢ってそういう心理が見せるんだって、聞いたことあるわ」

「な、な、な、なに、なにを」

 ジュリアスは少し痛いところをつかれたのか、可哀相なくらい狼狽した。

「ジュリアス様……、そうだったんですか」

「ふぅーん、そう……。ジュリアスも“おとこ”なのねぇ」

「ばっ、ばかな事を申すでない!」

「だってサ、少し考えれば女王候補がこんなところで真っ昼間から入浴してる訳ないじゃないの。それがあたしを見て『裸のアンジェリーク』と間違うなんて、ジュリアスってもしかして……ひょっとして……」

「うっ…」

 それ以上返す言葉が見つからず、光の守護聖は言葉に詰まった。
 確かにこの頃、アンジェリークのことを考えてぼんやりすることがある。現にさっきも馬に乗りながら少女の事を考えていたら、その当の本人の声が聞こえたような気がして崖下に下りてきたのだ。自分でも、まさかこんな所にアンジェリークがいる訳がないと思いながらも、『もしかしたら…』という誘惑に勝てなかった。
 その守護聖にあるまじき心を見透かされたような気がして、ジュリアスは彼らしくもなく逃げ腰になった。

「ジュリアス様、お顔の色が優れないようですが…。お休みになられた方が良いのでは?」

「あっ、ああ…、そうする事にしよう。お前達も早く戻るように…」

 オスカーの言葉に救われたジュリアスは、早々に退散した。
 あまりにも一番弱い所をつかれ、狼狽していたために、それほど仲がいいという訳でもない二人が一緒に温泉につかっていたという不思議な事実に気づかないままであった。よくよく考えれば、女性しか眼中にないオスカーと、これまた美しいモノは好きでも男には興味のないオリヴィエが仲良く温泉に入っているなどあり得ないことであった。

「ふぅ……。どうやらうまくごまかせたらしいな。ジュリアス様を騙すのは気が引けるが、仕方ない」

「ちょ、ちょっと! もっとあっちへ行きなさいよ! …ったく。気持ち悪いったらありゃしない。おーやだ、男の裸なんて」

「それはこっちのセリフだ! ……うわーっ! 見ろこの鳥肌!」

「あああぁぁぁ、醜い男の肌なんか見たくもないわっ!」

「お嬢ちゃんのならいいのか?」

「当たり前でしょ! こんな状況でなかったら、どぅーわぁーれが、あんたの汚い裸なんか見たいと思うの! アンジェとあんたじゃ月とスッポン、ルヴァとゼフェル、宝石とカエルよぉぉぉ!」

「……オレはスッポンかってーの…」

 飛空都市の空に男の絶叫が響き渡った。




※注……これの物語はフィクションです。けっして、けっして飛空都市に温泉なぞありません。
……たぶん。(くわしくはランディ様に聞いてみよう!)