SUJY-Fantasy-Factory ~アンジェリーク、遥かなる時空の中で等の二次創作と、オリジナル小説のサイトです。

炎の氷獄

vol.7


 光球は真っ直ぐにアンジェリークを捕らえ、放たれた。
 彼女にぶつかったであろう瞬間、それは激しくスパークして洞窟内を光の渦で満たす。

「アンジェリーク!!」

 全てを焼き尽くしそうな程の光から己の目を庇いながら、リュミエールは彼女のいた方向を見、そして絶叫した。
 光のブラインドの前に視界と視力を奪われ、見えない彼女の安否を気遣う。
 あの、彼女を包んでいた透明な球体。
 あれがどれ程の強度をもっているか知れないが、果たしてこの攻撃を受けとめられるのであろうか?
 それだけが最後の望みだった。
 あれが見た目のように儚く脆いものであったなら、今の一撃で彼女の生命はもはや…。
 そんな頼りないものにこの宇宙の全てがかかっているなどと、一体誰が信じられよう。
 発した時と同じように光の渦が急速に消えていったとき、三人は息をのんで中空を見据えた。そしてそれは二つの水晶体も同じであった。
 先程の騒ぎが嘘のように、洞窟内はしんと静まり返り、誰もがその結末を見つめていた。

「あれは……」

 まず真っ先にヴィクトールが気付いた。
 薄れゆく光の痕跡の形がある一定の法則をとり、見知ったものへと姿を変える。

「あれは、まさか…」

 オスカーが呻く。
 リュミエールはその瞳に絶望と空虚を宿したまま、その姿を認めた。

「………アルフォンシア……?」

 薄いピンク色に輝く羽毛に覆われた身体が皆の前に姿を見せる。
 しなやかな背に生えた二つの翼。
 そして額には一本の角。
 ある惑星では一角獣(ユニコーン)ともいわれ、そしてまたある惑星では天馬(ペガサス)とも呼ばれている姿である。
 その伝えられる様子は様々であるが、共通していることは聖なる乙女しかそばに寄れぬ、また、見ることが出来ぬということであった。
 そのアルフォンシアが突然現れ、ひとまずアンジェリークの危機を救ったのである。

「どうしてアルフォンシアがここに…? しかも俺達にもその姿を…」

 ヴィクトールは聖獣の神々しい姿に息を呑みながらも、必死で頭を働かした。
 アンジェリークとレイチェルが共に「宇宙を見守る者」として新宇宙に降臨した時に、アルフォンシアとルーティスはその一つの「宇宙」として統合されたはずではなかったのか? また、そうでなければ理論上新宇宙は二つに分割されているはずである。
 聖獣の力を感じることができるアンジェリークや守護聖達はそこにいるものが間違いなくアルフォンシアであることが分かるであろう。ヴィクトールも、しばらくの間教官として聖地でその力の片鱗を受けていたので、アルフォンシアとルーティスの違いぐらいは分かるつもりである。
 いや、今はそんな事はどうでも良かった。
 ここにこうしてアルフォンシアが姿を表したという事は、彼女がそれほどに危機的な状況にあると思って間違いないであろう。
 アルフォンシアはその理知的な瞳を真っ直ぐにリュミエールの方に向けた。

“自分ノ思イヲ、受ケトメテ。恐レナイデ、嫌ワナイデ…”

 頭に直接響く、心話。

「これは…、アンジェリーク…!?」

 その感覚はまさしく彼が聖地で受け取った、彼女が助けを呼ぶ心話と同じであった。
 彼女がアルフォンシアを媒介にして心話を送っている…。
 そう知った時、彼はそれ以上迷わなかった。
 先程緋水晶が自分自身であると分かった時に思った事。
 …それは、分離された心を自分に戻す ─── 事。
 彼らを消滅させるには、それしか方法がない。
 緋水晶たちは、自分達の「アンジェリーク」が傷付いたかもしれないショックで呆然と宙を見据えていた。彼女が失われてしまえば彼らの存在意義も無くなってしまう。ライバルを消すこと…以前に重要な事態なのだ。
 そしてリュミエールは、今まででもっとも素早く、それを実行した。
 受けた傷の痛みも何もかも全て忘れ、己の姿をした緋水晶に近づくと、おもむろにそれを抱きしめた。

「もう…、もういいのです。もう、私はあなたを排斥したりしない。それがどんなに無意味な事かわかったのです。
 アンジェリークを愛しています。
 誰よりも、何よりも…。
 この腕に抱きしめて誰にも渡したくない。…そう、新宇宙にも、オスカーにもっ」

 そう叫んで抱きしめる腕に力を込める。
 緋水晶がその言葉に反応したかのように赤く燃え立った。

「……認めます。私も……オスカーのことを非難したりできない。
 アンジェリークを愛するが故にこんなにも激しく彼を憎む気持ちがあったことを…。
 自分はもっと穏やかに……、彼女の幸せだけを願っていつまでも見つめているつもりでいました。……けれど…、アンジェリークの心が欲しい…。
 彼女の心の鏡に私が映っていないのであれば……、もう、何もかもが無くなってしまっても……それでもいいと…」

 震える声は赤い光に飲み込まれ、彼らは同調した。
 同じ鼓動、同じ思いを刻み、紅く…、燃えるように紅く光る。

「…人間は“愛”というエゴイズムを持った時、限りなく我が侭になります。そして限りなく優しくもなれる。
 私は……私は……こんな私にも少しだけ優しくしてやりたい。それは私の我が侭です。……でも、こんな冷たい身体を持つ程に身を焦がした私に……、優しくしてあげたいのです」

 紅い光が最高潮に達した。
 そしてその光が消えたとき、リュミエールが一人佇んでいた。
 泣き濡れた瞳に新しい光が宿っている。
 人はそれを狂気と呼ぶかもしれない。それでもリュミエールは不思議とそんな自分が嫌ではなくなっていた。
 リュミエールは空に浮かぶアンジェリークに呼びかける。

「…アンジェリーク……、私の我が侭で囚われの身になってしまったこと…、申し訳なく思っています。…ですが、それは私の本当の気持ちです。あなたが女王候補時代に必死で押し隠していた、私の心なのです。あなたを縛り付けたいと思う私のエゴを……、あなたは受け入れなくてもいい。だから知って欲しいのです。私の気持ちを。そうこの惑星はそんな思いで生まれたのでしょうね。…もし私一人の思いだけだったら、きっとあなたを破滅に導いていたことでしょう。それを防いでいたのはたぶん、オスカーの心……だったのですね。
 ─── もう、大丈夫です、オスカー。
 あなたが私やアンジェリークを守るために生んだ、その“優しさ”の緋水晶。それを自分に返してやってください。きっとそれでアンジェリークは解放されるはず」

 オスカーは頷いた。
 そう彼にも分かっていたのだ。
 彼の弱さの現れである緋水晶。
 リュミエールはそれを“優しさ”と呼んだが、オスカーはそれを弱さと呼ぶ。

「もういいから戻ってこい。
 ……そう、妙なプライドは捨てよう。なんの意味もないことだからな。
『誰にも渡さない、絶対に俺のものにする』なんて……。お嬢ちゃんが誰を愛しているのか、最初から分かっていたから思えることだ…。二人を祝福するなんて、そんなこと死んでもしたくなかった。それをしたら負けだと…、俺のプライドが言っていた。恋敵を気遣うなど、弱さ以外の何ものでもないと思っていたんだ。
 でももういいさ。
 ……どうしてだろうな…?
 ヴィクトール、きっとお前になら分かるんじゃないのか?
 俺は理屈をこね回すのは好きじゃない。だからくどくど言うのはやめだ。
 ……ほら、こうすれば俺の気持ちが分かるだろう」

 そう言って、彼も己の姿をした緋水晶を抱きしめる。
 紅い光が一際光を放ち、そして彼らは同化した。

 ─── その瞬間…

“シャ、リーン……”

 アンジェリークを覆っていた薄い膜が音を立てて割れ……。
 支えを失った少女の身体が重力に従って落ちてくる。

「アンジェリーク!」

 とっさにヴィクトールが駆け寄り、柔らかい身体が固い水晶の床に叩き付けられる寸前でそれを受けとめた。

「おい、アンジェリーク」

 幾分青ざめた顔色をしているが、確かに呼吸はしている。
 ヴィクトールはそれを確認すると、ほっと一息ついた。
 リュミエールとオスカーが駆け寄る間に、己の上着を脱いで彼女に纏わせると、そっと床に寝かせる。

「アンジェリークっ?」

「アンジェっ」

「どうやら命に別状はないようです」

 ヴィクトールの言葉を聞いて、二人の肩から力が抜けた。

「おい、ヴィクトール」

「はい?」

「おいしい所を持っていきやがって…」

「ははっ、それぐらいさせてもらわないと…」

 意味ありげに二人、目配せをする。
 懐かしい声音に反応したのか、少女は意識を取り戻したらしく、僅かに睫毛を震わせた。

「アンジェリーク」

 目覚めた少女が最初に聞いたのは、透き通った海の色を思わせる優しい声。

「…リュミ…エールさ…ま…?」

 ぼんやりとした視界に広がる水色の幕。

「大丈夫ですか? どこか痛いところは?」

「はい、大丈夫…です。どこも……平気…です」

 弱々しく、少女が答える。

「すいません……。私のせいですね。
 私の我が侭のせいで、あなたをこんな酷いめに逢わせてしまいました。
 私はなんとお詫びしていいか…」

 項垂れたリュミエールの手に小さな手が乗せられる。

「いいえ、リュミエール様のせいだけじゃないんです」

「そうだ。俺の姿をしたやつもいたじゃないか。…ということは、俺にも責任があるってことだ」

 オスカーの言葉にアンジェリークはふるふると首を振った。

「それだけでもないんです。
 ─── 直接の原因は私……。
 私の心が迷って……そして……、アルフォンシアが…」

「アルフォンシア?」

 アンジェリークは力無く頷いた。

「一度統一した宇宙の意志が分離してしまいました。それは私が迷って迷って……もうその迷いに絡め取られて逃げられなくなってしまって……。
 ─── オスカー様……。
 私が女王候補だった時に…その、森の湖で……その」

「俺がお嬢ちゃんに思いの丈を告げたときか?」

 はっきりオスカーに断言され、アンジェリークは僅かに頬を染めた。

「…その…時、私はお返事をしませんでした。
 実はまだ自分の心が分からなかったんです。
 もちろん、オスカー様の事、嫌いではないです。でも、私……“愛する”気持ちというものがまだはっきりと分かりませんでした。
 ……戸惑う私をオスカー様は………」

「あの時俺はお嬢ちゃんを抱きしめた。
 たとえお嬢ちゃんに好きな奴がいたとしても、俺は誰にもお嬢ちゃんを渡すつもりはなかったからな。
 突然だったから、お嬢ちゃんは抵抗したんだ。
 それが俺の感情に火を付ける結果になってしまうとも知らずにな。
 嫌がる君に、俺は無理矢理口付けた」

 リュミエールが唇を噛みしめる。

「そこへばったりと、私が来てしまったのですね…。
 私はその場に凍り付いてしまったように…動くことができなかった。オスカーの腕の中にいるあなたを見て私は……。
 ─── そして、私はその場を逃げ出した……。何もかも…忘れてしまいたくて…」

「その後、私もオスカー様の腕を振り解いて逃げました。全身全霊で私に思いを告げてくれたオスカー様を置き去りにして……。何の答えも与えないまま。
 どんなに考えても自分の気持ちが分からないまま時が過ぎて、私はいつの間にか女王になることになってしまって…。いえ、女王を目指して育成してきたんですけど、こんな風に自分の気持ちがふわふわしたまま、宇宙を育てていくなんて…。どうしていいか、分からなかった。…誰かにそばにいて欲しかった。そんな時、……私はやっと自分の心に気付いたのです。
 一度は諦めようと思いました。
 ……でも……この青い惑星を見たとき私は……。
 サクリアの偏った星…。
 それが何を表しているのか知って、私は迷いました。
 やっと……やっとの思いで決心したのに、その星は一目で私の努力を無にして…。

『その人のそばにいればよかった。
新宇宙になんかこないで、ずっとその人の傍らで微笑んでいられたら…』

 その不安定な私の心が、アルフォンシアとルーティスを元のように分離させてしまったんです。…やがてアルフォンシアがその星に消えて、サクリアの異常な動きが文明の発達にすら影響を及ぼすようになって……私は、私が…いかなくては……って、私…」

 しゃくり上げはじめたアンジェリークの手にそっと手が添えられた。
 泣き濡れたまま見上げるとそれは限りなく優しい水の守護聖のものだった。

「やっぱり、私のせいです。私もあの時に逃げずにはっきりと自分の意志を告げていれば…。少なくともあなたをそれほどまでに追い詰めることはなかったはず。
 オスカーと私…。どちらを選んだにしても、選ばなかったにしても、少なくともあなたの心はもっと早く決まったでしょう」

「いやっ、それを言うならやっぱり俺があの時あれほど強引に…」

「もう皆、それぐらいにした方がいいんじゃないですか?
 きっとエルンストや元宇宙の陛下達も死ぬほど心配してますよ?」

 ヴィクトールの言葉に三人は顔を見合わせてくすりっと笑った。

「…そうですね。
 ─── でもこれだけは言わせて下さい。
 アンジェリーク……、私はあなたを愛してます。
 ずっと……、これからずっとあなたと一緒にいられたら、どんなに幸せか…。
 いえ、あなたと一緒にいたいです。ずっと……」

「リュミエール様…」

「おーーっとぉ、待ったぁ」

 声を張り上げたオスカーが二人の間に割って入る。

「頼むからその続きは俺達のいない所でやってくれ。
 ─── それと…、お嬢ちゃんがそんなかっこをしてない時にな」

 そう言われ、アンジェリークははっと我に返る。
 ヴィクトールの大きな上着にくるまれているものの、細い肩やうなじ、足が見事に露出している。しかもその下には何もつけていないのだ。

「きゃっ!」

 慌てて足や肩を隠そうと服をかき集める少女に微笑ましい視線を送って、オスカーは軽々とアンジェリークを抱き上げた。

「そんな格好じゃ歩けないだろう? 俺が連れてってやるよ。
 ─── これぐらいは…、させてもらっても罰はあたらないよな?」

「だ、だめです、オスカーっ、そんな危険な…」

「なーにが危険だ。怪我人は黙ってろ」

「オスカーっ」

「オスカー様っ、大丈夫ですっ、一人で歩けますぅ~!」

 四人の声が煌めく洞窟内に木霊した。

 惑星ニーグル…。
 「水に棲む馬」の名を持つこの惑星は、そののち海底火山の噴火により隆起した大陸が豊かな自然を提供して、大いに文明を発達させたという。


・・・FIN




☆ニーグル☆
 シェットランドに伝わる水の精。スコットランドではケルピー、アイルランドではアハ・イシュケなどと呼ばれ、基本的には馬の姿をしている。場所によっては下半身が魚であったり全身を鱗で覆われていたりもする。
 このニーグルも水の精共通の特長として、女性や子供を水の底に引きずり込んで溺れさせたり、洪水を起こしたりする。時に人間の姿をして現れ、異性を誑かすとも言われている。中には人食いを本質とするものもいるという。