SUJY-Fantasy-Factory ~アンジェリーク、遥かなる時空の中で等の二次創作と、オリジナル小説のサイトです。

炎の氷獄


vol.1

『……て…、助け…て……』

 その心話を受け取った時、水の守護聖リュミエールは浅い眠りの淵からいきなり現に引き戻された。

「…今のは?」

 聞き覚えのある声。
 忘れようにも忘れられない、心から愛した人の声。
 もちろん今でも…。

「…助けを求めていましたね……。何か危険な目に…?」

 いわれのない不安が彼の心を占め、秀麗な顔が悲しげに歪められる。

「……アンジェリーク……」








 見事に新宇宙が誕生し、女王試験が終了した。
 女王候補アンジェリークとレイチェル。
 結果は誰が見ても明らかで、皆、アンジェリークが女王になるものと思っていた。
 ……が。

「…私、女王という存在にはなりたくありません……。ごめんなさい…」

「なっ、何言ってるのよ。ワタシに遠慮してるなら、お門違いだよ」

「ううん、そうじゃないの、レイチェル」

 儚げで穏やかな性格のアンジェリークは、だがしかし、意外に芯の強い少女である。
 何かを振り切ったように、彼女は決然とした瞳を金の髪の女王陛下アンジェリークに向けた。

「もし…、もしも叶うことならば、私はレイチェルと一緒に新宇宙を見守る者になりたい」

「アンジェリーク、それは一体…」

 ロザリアも少女の真意を測りかね、不安そうに女王陛下とこの少女の顔を見比べながら呟いた。

「女王のサクリアを、女王という立場にならず、一人の傍観者として使って新宇宙を支えて行きたい。……そう思うんです。…そんな事は可能なのでしょうか?」

 少女の問いに女王陛下はふっと溜息を付き、笑顔を作る。

「アンジェリーク、レイチェル」

「はい」

 二人の少女は輝かしい女王陛下の前に居住まいを正す。

「あの新宇宙は、あなたたちが育んだ、あなたたちの宇宙です。自分達がやろうと思えば、……それはきっと、全て可能な事だと思うわ」

「女王陛下……」

 そうして彼女達が新宇宙に旅立って行ったのがまだ数ヶ月前の事である。
 幾人かの教官・協力者達は彼女達と一緒に新宇宙に行った。それはそれぞれの理由であったり、また仕事であったりもしたが。
 とにかく、二つの宇宙は安定した平和の中にあると思われた。
 …そう、この時までは。
 時を異にして、アンジェリークが女王の存在になることを拒否した謁見の間では、あの時と同じように全ての守護聖が顔を並べていた。違うのはそこに栗色の髪のアンジェリークとレイチェル、そして教官や協力者たちの顔ぶれがないことだけだ。

「お願い致します…、女王陛下」

 今回、何やら緊急に守護聖達が呼び集められ、その意向を伺われていた。

「私に行かせて下さい。お願い致します」

「リュミエール…」

 金の髪の女王陛下と補佐官ロザリアは、不安そうな面持ちで顔を見合わせる。
 この線の細い守護聖が単身新宇宙に赴いても、果たして何があるか分からない事態に対応できるか…。そう思うと、二つ返事で承諾しかねる。この麗人が見かけほど心弱くないこと、それなりの体力を持ち合わせていることは分かっているが、彼の争いを嫌う心がどれほどこの緊急事態に役に立つか、図りかねるのだ。

「何がある分からないのですよ。…未だ未開発の星で…。……その、とっても危険が伴いますわ」

 ロザリアは何とかして水の守護聖を思い留めようとしていた。

「アンジェリークの消息が絶ったのも、女王候補時代に創り上げた未知の惑星。エルンストの統計上では何の危険もないとの報告がありますが、未だアンジェリークの行方は分かりません。何らかの急な事態が起こったと思うのですが…。それに、護衛を兼ねた研究員が二人、同行しているはずなのに…、もう二週間過ぎても連絡がない…。彼女にまさかのことが…あれば…私たちにも分かる筈……。ですから、無事でいるとは思いますが……。…………。もし、リュミエール、あなたがお行きになって、あなたにもしものことがあれば……」

 リュミエールに、というよりも、自分自身に説得しているような口調にも聞こえる。
 もし彼女に責任がなければ、彼女自身でさえ直接探しに行きたいところだ。

「分かっています」

「あなたが、…その優しい見かけよりも強い事は私達皆、分かっています。…でも、護衛の方がいらしたのに、この様な事態になってしまったのです。ですから、今回のことで必要なのは優しさではなく、もっと実戦に馴れた、もしもの時に戦えるような方なのでは、と思うのですが」

 リュミエールは悲しげに眉をひそめた。

「分かっております……。ですが……」

 この優しげな守護聖は、意外に頑固な事でも有名である。一度決心すれば、大抵のことでは妥協しない。

「何か胸騒ぎがするのです。……私が…、私がいかなければ…いけないと…。そうしないと、何か取り返しのつかない事が起きてしまうような気がして…」

「行きたいと言うのだから行かせてやればよい」

 視線を落としたまま闇の守護聖がぽつりと呟く。

「緊急の事態にあった時、闘わぬお前がどうするのか? もしも守護聖に何かあった場合、よもや失われる様な事態に陥れば、この我々の宇宙はおろか、新宇宙さえも崩壊の危機に置かれるのだぞ。それを分かっているのだろうな?」

 守護聖の首座である光の守護聖は、水の守護聖に…、と言うより向かいに佇む闇の守護聖に問いただしているような鋭い視線を投げた。

「分かっております…」

「私が参ります」

 リュミエールが答えるのとほぼ同時に、炎の守護聖オスカーが一歩前に踏みいでる。

「…リュミエールが見かけによらず頑固なのは皆もおわかりでしょう? 私が一緒に参ります。何かあれば私が無理矢理にでもこの水の麗人を連れ戻すと…、お約束いたします」

「オスカー」

「……」

 女王陛下はひとつ溜息を着いてから、不安げながらも承諾した。もう、リュミエールに何を言っても無駄であろうと感じたのだ。無理に留めるのなら、きっと今よりもっととんでもない事態になることが予想される。
 新宇宙には精神の教官でもあるヴィクトールが行っているはずだ。
 彼も付いているのだから…、と押しつぶされそうな不安と戦いながら、たおやかな水の守護聖の姿を見つめるのであった。





新宇宙に浮かぶ未知の惑星に旅立つことになったリュミエールとオスカー
特別仲のいいわけでもない二人。アンジェリークを挟んで何かが…?
リュミエールの受け取った心話の意味は…?