「……ふむ、そうか……。ご苦労であった。
………ところで…だ、オスカー」
そう光の守護聖ジュリアスに話を切り出されたオスカーは、書類の束からその涼やかなアイスブルーの瞳を上げた。
「は? なんでしょうか?」
「実は……ちょっと尋ねたいことがあってな……」
ジュリアスに真面目な顔付きでじっと見つめられると、『最近、やばいことは何もした覚えはないな…』などとつい、ドキドキしてしまうオスカーである。
「そのー……、なんだ…」
「?」
どう切り出したらいいのか迷っているらしい光の守護聖を見て、オスカーはピンとくるものがあった。
「…ひょっとして…お嬢ちゃん…いえ、女王補佐官殿ことですか?」
ずばり言い当てられ、ジュリアスは誤魔化しの咳払いを一つ、執務室に響かせる。
女王候補アンジェリークとロザリア。
彼女たちが試験を終えたのはついこの間のことである。
新しい女王ロザリアの統治の元に宇宙は問題もなく安定しており、守護聖たちはほっと一息ついたところだ。
アンジェリークと言えば……光の守護聖の熱烈な告白を受けて、幾人かの守護聖の未練たらしい視線を浴びながらも、女王補佐官の道を選んだのであった。
その当のジュリアスの相談事と言えばもう、アンジェリークのことしかあるまい。
「どこかに良い…遊園地はないか? どうもそういう場所は行ったことがないので私には見当もつかないのだ…」
「ゆうえんち……ですか…」
思わず苦笑いしてしまうオスカーであった。
よもやこの光の守護聖の口から遊園地などと言う言葉を聞くとは思いもしなかったが、彼が、否、彼だけでなく守護聖全員が(ひょっとすると女王陛下も…)アンジェリークには『甘い!!』ということは、周知の事実である。
(大方、ベッドででもねだられたんだろう…)
自分の計りで物事を考えるオスカーであった。
「彼女が一度でいいから……その恋人と遊園地で…その……で、でーとしたかったと……申すのでな。アンジェリークの夢を叶えてやりたいと思うのだ…。その……これから女王補佐官として聖地で暮らす以上、下界に戻るのは果たしていつのことか分からぬ……。だから…そのー……彼女の気持ちも分かるのだ」
男は女によって変わると言うが、見事な変わり様である。
「しかし……、遊園地……ですか…」
オスカーは腕を組んで考えた。
デートに良い場所なら自分用に幾つかピックアップしてあるが、遊園地のような所はない。夜は明かり一つ灯らない公園とか、ロマンチックな夜景の見える場所とか、湖とか、個人用の小型艇でドライブに最適な銀河とか、下心見え見えの場所ばかりである。
「私も…あまり遊園地には縁がないですから…」
「…そうか……。オスカーが知らないとなると、後はもう尋ねる者がいないではないか。一体…どうすれば……」
独り言のようなつぶやきだが、部屋がしんとしているので、妙に大きく聞こえる。
その言葉の余韻がオスカーを変にしみじみとした気持にさせた。
「アンジェリークに何と言えばいいのか…。あんなに嬉しそうに話していた彼女をがっかりさせるなど、私にはとてもできん。…公園のテラスでお茶を飲んで…、アンジェリークはケーキを食していたが、私に一口差し出して…あれはなかなか美味であった。私の手に手を重ねて言ったのだ。一度でいい、普通の恋人同士のように遊園地などででーとしてみたいと…。そんなささやかな願い、聞き届けぬ訳にはいかぬ。
……何とかならんか? オスカー?」
オスカーは口をぽかんと開けた。
「公園の……って、ジュリアス様…まさか…お二人は?」
「なんだ?」
「……その…、もしかして、ひょっとすると、……ですね、…その……」
「なんだ、はっきり言え」
オスカーはジュリアスの話を聞いていて、なんとなく二人の関係が本当にそこまでの様な気がした。
(奥手だろうとは思うが……、まさかジュリアス様…、あれから二ヶ月も経つのにキスすらしてないんじゃないだろうか…?)
逢ったその日に連れ込める自分と一緒にする気は毛頭ないが、忙しいとはいえ結構逢う時間のあった二人である。
(ひょっとして、お嬢ちゃんを抱きしめたり…とか手を握ったりすらもないのでは……?)
このジュリアスにしてありそうだから怖い。
『普通の恋人同士の様に…』と言うあたりが、オスカーには気になって仕方がないのである。アンジェリークの方では、あまりにもジュリアスが奥手なので少し物足りない思いをしてるんじゃないかなどと、勘ぐりたくなってしまう。
「オスカー!?」
「は、はいっ!」
「早く言え」
だが、何と切り出したら良いのか…。
今度はオスカーが口ごもる番であった。
しかし、遊園地が見つからなくてめちゃくちゃ気分の悪そうなジュリアスに下手な嘘は通用しない。ここはやはり正直に言うしかないであろう。
「その……、失礼を承知で一つお伺いしたいのですが……」
「だから、早く言えっ」
「……まさかとは思いますが……、そのー……ジュリアス様は補佐官殿と……そのっ、き、き…す……ぐらいは……しましたよね…?」
「なにっ!?」
ジュリアスは眉間にしわを寄せ、眉をぴくりとつり上げる。
「しっ、失礼しました! ……そーですよね、ジュリアス様と補佐官殿は恋人同士ですから……そのぐらいは…」
「当たり前だ! 告白をしたときにちゃんと、ここに、なっ!」
と、自分の額を“ビッ”と指さす。
「へっ?」
「オスカー、その様なこと、例え私の前であろうと余り口に出すのは考え物だぞ。そういう事はだな……人知れず…ひっそりと……」
オスカーにはジュリアスの声は聞こえてなかった。
(ひ、額に……。それも……告白の時だけ……?)
思わず体を机の上に投げ出し、ジュリアスに迫る。
「ジュリアス様まさかっ、それっきり、……ひょっとして手も握ったことがないのでは!?」
「当然だ! 結婚前の男女がみだりに触れ合うなど、あまり好ましい事ではないのではないか? だが、婚約の誓いだけは別だ。だいたいオスカー、お前はいつもだな、乱れた生活を送っているからそのような事を口に……」
「ジュリアス様!」
「なっ、なんだ……」
オスカーのあまりの剣幕に何となくたじろいでしまうジュリアスであった。
「ジュリアス様はいつも多忙で素晴らしく完璧に守護聖としての任を果たしております」
「そのつもりだ…」
「ですから、一つ難点がおありです」
「なにっ?」
「下々の事は…、特に女性の事となると、真に知識が今ひとつ欠けてらっしゃる」
ジュリアスは頬をひくひくと引きつらせた。
「私が……下々の知識に欠けると……言うのか?」
「そうです。ジュリアス様は高潔で誠実であられる。ですから最近の、しかも下々に於ける男女の機微になぞついぞ感心がおありでないのはよく解っているつもりです。ですがっ、ですがっ、アンジェリークは…いえ、女王補佐官殿はつい最近までその下界で生活なされていたんです。……最近の下界と言えばテレクラに援助交際…。キスは愚か婚前交渉など当たり前、下手をすると愛情のないものとただ快感を得る為だけに行為をする…。そんな女性が多いのです。あっ、もちろん、女王補佐官殿はそんな軽薄なことはなさらないと思いますが、少なくとも愛する女性を抱きしめる…ぐらいの事は当然のことと思っているに違い有りません。愛の言葉のみで…
(ここでオスカーは一瞬言葉に詰まった。『ひょっとしてそれすら無いのかも…』などと思ったのである)
…互いの温もりも感じられねば、『本当は愛してないのかも…』などと疑ってしまうかもしれない。少なくとも、昨今の女性にはそれぐらいの行為は最低限のルールです」
オスカーの熱弁に、何か感じる所があったらしい。
「わ…私も…もしかしたら…アンジェリークは何か私に求めているのでは? と、考えぬこともなかったが、……うーむぅ…。そうであったか…。…では…あのもの問いたげな視線も、時折見せる哀しげな表情も……うーむ…」
「そうです!! アンジェリークはジュリアス様の愛情を求めているのです!」
「私の……愛情…か」
「見つめ合い、熱い抱擁を交わす…、そして甘い口付け…。女王補佐官殿の今回のデートの誘いは、まさしくそれです!」
自分がアンジェリークに未だ未練たらたらなのをすっかり忘れ、オスカーはとくとくと語る。
余りにも素直なジュリアスを前に、もともと『光様・盲信』傾向のオスカーはいつの間にか彼の恋愛のアドバイザーになってしまった。
恋の手管にかけて、自分の右に出るものはいないと自負している彼である。ここはアドバイザーに徹するしか彼の自尊心を満足させることは出来ない。
「女王補佐官殿は、ジュリアス様の腕の中に飛び込んでいきたいのです。
…ですが悲しいかなあなた様のその光り輝く威厳と高邁さに、御遠慮なさっていると推察されます。
ここは一つ、ジュリアス様…、あなた様から行動なさるべきです!」
「だっ、だが…、どうすればいいのだ?」
「心配御無用…。この『炎のオスカー』に全てお任せを…。決して失敗なさるようなことはありません」
何やらオスカーは神妙な顔付きでジュリアスの耳に口を寄せた。
そして自分の知る限りの知識を光の守護聖に教え込むのであった。
果たしてジュリアスのデートの行方はいずこに…!?
……続く