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朝露~泰明side~


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 夢を見ていた。
 ……そのような気がする。
 何も覚えていないが、その夢の感覚だけが未だ私の手の中に残っているようで、戸惑う。
 寝ている時、視覚や聴覚、感覚にうったえる現象を“夢”というらしい。
 ならば、私が今体験したことは、まさしくその“夢”を見たに違いない。
 何故か、胸のあたりが暖かかった。
 身体がふわふわと宙を漂うような、そんな感覚。
 これが“夢を見る”ということか…。
 あたりを見回してみると、そろそろ朝の兆しが訪れる頃。
 いけない。
 少し寝過ぎてしまったらしい。
 私は急いで起きると、身支度を整え、まずは参内する事にした。
 未だ夢の中にいるような………そんな感覚はしばらく消えず、私の中に残ったままで。







『泰明、泰明……』

 誰かが、私の頭の中に直接話し掛けてくる。
 こんな芸当が出来るものは、お師匠か…あとは奴しかいない。
 お師匠の声でない以上、奴か。
 先日、大内裏内に雷の落ちた一件での報告書をまとめ、本日の朝政までに提出することになっている。雨の降らない理由についても…だ。
 報告自体はとうにいっているのに、詳細を紙面にしたためなくてはならないとはまったく無駄な事であるとは思うが、決まり事だと言われた以上やるしかない。
 もうほとんど終わっている。
 後は提出してしまえば、今日の私の仕事は八葉の事以外ない。
 私はすっと立ち上がり、部屋を出てゆく。

『これ、泰明。呼ばれたら返事ぐらいせんか』

「………何の用だ」

 余りにも頭の中で騒ぐので仕方なく私は返事を返した。

『いつになったら龍神の神子をつれてくるのだ』

「…暇がない…」

『嘘をつけ。今日とてそれが終われば何の用事もなかろう?』

「私の用がなくとも、神子は忙しい。京の穢れはまだ拭われていないし、第一、四神を取り戻さねばならない」

 すれ違った同僚が怪訝そうに私を見た。
 まるで独り言を言っているように見えるのだろう。
 そのことについて同僚がどう思ったのか…、そんなことはどうでもいい。
 不都合がない以上、何の問題もない。

『お前……。知っているだろう?
 この京に来てからというもの、龍神の神子は一日足りとて休んだ事がないのだぞ』

「鬼の脅威を取り除くまでだ。仕方ない」

『仕方ないじゃと!? お前は気付いてないのかもしれんが神子は女子じゃぞ?』

「知らないはずなかろう。
 神子を男だと思ったことは一度もない」

『……;;;; だからそういうことじゃなくて、だな…』

「ならばどういう事だ?」

『男と違い、か弱い婦女子だ、という事だ。たまには休ませてやらんと、疲れが溜まって病になってしまうぞ』

 疲れが溜まり、病になる………?
 それは困るっ。

「分かった」

『そうか、では今日こそ龍神の神子を連れてくるのだな』

「……そうしよう。あそこで精神統一をすれば、気も充実するだろう」

『……泰明………』

 盛大なため息が聞こえた。
 連れてゆくと言っているのに、何故ため息をつかれなければならないのだ。
 納得できない…。

『まぁ、いい。では待っているぞ』

 ようやく、頭の中で騒いでいた声が消えた。
 疑問は残るが、詮索する相手が消えてしまったのではどうしようもない。
 私は報告書を提出すると、急ぎ左大臣邸へと足を向けた。



「申し訳ありません、神子殿はまだお休みです。
 只今お起こしして参りますから、少しここでお待ちくださいませ」

 やはり……か。
 神子がこの屋敷に寝泊りするようになってから、我々八葉が迎えにくる時間に起きていたためしがない。
 おそらく…と思いながら来たのだが、やはり今日も寝ていたのか。

「いい。私が行く」

 藤姫に起こしてもらい、また私を呼びにくるのでは時間の無駄というもの。

「あっ、泰明殿っ、待ってくださいませ」

 立ち上がりかけた私の袖を掴み、藤姫は慌てて部屋を出ると神子の部屋へと向かった。
 いいと言っているのに。
 待っているつもりなど毛頭ないので、私も藤姫の後を追って渡殿をゆくと、神子の部屋から口上が聞こえた。

「 ─── 神子様、神子様…」

「ひえっ、私、また寝坊しちゃった?」

 やって来て正解のようだ。
 藤姫だけに任せておいたら、後半刻ほども待たされたに違いない。

「泰明殿が先程からおみえなのですけど、その……、お急ぎのようで……あっ!?」

「…失礼する。神子はまだ寝ているのか?」

 幾重かに立てられた几帳の隙間から、帳台に座っている神子の姿が目に入る。

「や、泰明殿…」

「あっ、や、泰明さん……。その~~、お、おはよう…」

 まだ夜着のまま、何故か顔を朱に染めて神子がのたまう。

「………もう早くはない。
 ─── 出掛けるぞ。支度をしろ」

 一体、今何時だと思っている?

「は、はいぃぃーー???」

 神子が上げた、裏返った声。

「聞こえなかったのか。出掛けるから支度をしろと言ったのだ」

 何度言えばわかるのだ。
 この分では、私が見張っていないとまた遅くなってしまいそうだ。
 私は神子の支度が終わるまで、そこで待つことにした。

「や、泰明さん、そこで何してるの?」

「? …お前を待っている。
 余計な事を言っていないで、早く、しろ」

 何を分かりきった事を…。
 そういう事を口にしているから、動作が遅くなるのだ。

「泰明殿っ! 神子様はお着替えなさるのですよ、殿方は外に出ていてくださいませっ」

 藤姫は何か分からない事を言っている。
 何故、着替えるから外に出ていなくてはならないのだ?
 目を離すと、神子はすぐに手を抜く。見張っていなくてはまた無駄に時間を過ごしかねない。私の事を気遣っているのなら、ここにいる方が都合がいい。

「? 私なら別に構わないが?」

「泰明さんが構わなくても、私が構うのぉっっっ。
 いいから、庭で待っててよっ、すぐに行くからっ」

 真っ赤な顔をして叫ぶ神子。
 このままここにいると、枕やら手桶やら、はてには文机や帳台まで投げられてしまうかもしれない。そんな勢いだ。(…そんなもの、投げられませんって……;;;)

「わかった、そうしよう。…しかし、出来るだけ早く、」

 仕方なく譲歩し、部屋を出て行きかけて念を押そうとした私に、神子は更に声を張り上げて叫んだ。

「分かったら、出てってぇっっ!」

 ………。
 何を怒っているのか。
 そんなに声を上げたら、疲れてしまうだろうに…。
 御簾の外で庭を眺めながら、私は知らずにため息をついたようだった。







「うっわぁ~~、何かとっても神秘的なところ。それに空気がとっても澄んでる。
 きゃあっ、このお花、とってもきれい~~~」

 相変わらず神子は騒がしい…。
 こんな急斜面を登っているというのに、あっちこっちと歩を移して…。
 だからすぐ転ぶのだ。
 本人はあらためようとしないのだから、私が気をつけてやらねば、きっといつか大怪我をするに違いない。
 しばらく注意深く神子を見ていると、何かに気を取られているのかしゃがみ込んでじっとし始めた。

「? 何か問題でもあるのか?」

 神子の肩越しに覗き込み、気を取られている何かを覗う。
 ………花?
 そんなものを何故そんなしげしげと眺めているのだろうか…?

“ひと時でも神子の気持ちが安らぐのなら、私を持っていって…”

 その花の精か…。
 穢れのない純粋な気が、花から発して神子を包んでいる。
 そんな小さな花でさえ、神子のことを気遣っているのか。

「………………」

「あっっ…………」

 私の伸ばした手に驚いたのか、神子が小さく声を上げた。
 なんだ…?
 どこかで見たような、どこかで今と同じ事をしたような、そんな感覚。
 しかし北山に来たのは今日で二度目。
 以前来た時もこんな出来事はなかったし、他のどの場所でも今と同じ状態だった事など私の記憶にはない。
 ……山の気に、惑わされたか…?
 そうであるなら、これ以上考えても詮無い。
 私はその花の精が言うとおりに、細い茎を手折り、神子に差し出した。

「…気に入ったのなら持ってゆけ。……そう言っている」

 神子に花を手渡しても、神子は何故か一言も発せず私の手と花を見比べていた。
 何がどうだと言うのだろう。
 けれど、神子のその視線は私を何故か落ち着かない気分にさせる。
 こんな事は今までなかった。
 否、正確には最近までこんな感覚を知らなかった。
 時折、神子の視線が私の頭の中まで見つめているようで、身体がむずむずする。
 何かが胃の腑から、否、もっと奥の方から込み上げてくるような感じがして、息を詰めてしまう。
 しかしもっと見つめていて貰いたいような、そうでないような…。
 またか…。
 余り考えていると胸のあたりが苦しくなってくるので、私はその考えを打ち切ることにした。

「時が移る……。行くぞ」


 天狗の御座に着いたとき、神子は魅入られたようにほうっとため息をつき、その場所を眺めていた。
 またしても、胸の辺りを締め付けられているように苦しくなる。
 僅かに仰向き、木漏れ日をまだらに浴びながら目を細めている神子は、………見ていると息が止まりそうになる。苦しくなる。
 美しい…と、そう言うのはこういう光景なのだろうか…。

「……すごく、神秘的な所…」

『それは誉められていると思っていいのかの? 泰明?』

「え、ええっっ!?」

(!!!)

 光が………。
 山の神気を集めた光が、私のもとに飛び込んで来た。
 神子の声と、私達を呼びつけた北山の天狗の声が、がんがんする耳の上っ面をぐるぐる回る。
 苦しい………。
 胸が苦しい………。
 光が私のもとから離れてからも、そしてその光の塊が神子だと認識してからも、私の胸は締め付けられて、心臓が……鼓動が…信じられないくらい速…い。
 これは………私が壊れてしまう前兆…?
 もう、限界なのか…?
 否、駄目だっ。
 まだ壊れてしまうわけにはいかない。
 まだ鬼の脅威は去っていない。
 京に平和は戻っていない。
 神子を一人で闘わせるわけにはいかないっ。

「や、泰明さん……? どうしたの?」

 神子が不安げに訊ねる。
 壊れてしまいそうだとは、言える訳がないではないか。

「……どうも…しない」

「だって、何か苦しそうだよ。それともどこか痛い?」

「苦しそう? ……そうなのか?」

「うん」

 私は苦しそうな顔をしているのだろうか?
 人としての感情などない私が、身体の異常を表情に出すはずがない。本当に苦しそうな顔をしているというのか?
 そんな筈はないと言うのに。

「………分からない」

 自分が本当にそんな顔をしているのかどうか、分からない。
 する筈がないとも思う。
 そんな私を見る神子は、今にも泣きそうな顔をしていて………。
 ふと気がつくと、手を伸ばし、私の頬に触れようとしていた。

「!! 触るなっ!!」

 パンッッ! ───

 自分の行動が信じられなかった。
 思うよりも早く、自分の手が反応していた。
 伸ばされかけた神子の手を跳ね除けた。
 今、神子に触れられたら…………。
 本当に私は、私でなくなり、壊れてしまいそうだった。
 こんなことは………初めてだ……。




とんでもないです(滝汗)
訳もわからず書き出した創作に、別sideバージョンを付けてしまった…
しかも内容ありふれてるし(;;)
ど、どうしよう……