gift from たちばな霧夏
「アンジェリーク、今日は森の湖にピクニックに行く約束だよっ♪」
休みの日の朝、緑の守護聖マルセルが女王補佐官の私室のドアを開けた。が、そこに彼の恋人である女王補佐官アンジェリークの姿はない。
「……あれれ?」
「きゃっ☆マルセル様。もういらっしゃったんですか!?」
アンジェリークの声が聞こえたのは隣の部屋。
「アンジェリーク、何してるの?」
「まだ用意しているところなんです。そちらでお待ちいただけませんか?」
「うん。ぼくもアンジェリークと会えるのが嬉しくって早く来ちゃったから。
ここで待っているからゆっくり用意してね。」
で、マルセルは、ソファに座ってアンジェリークを待ち出した。
まだかなー。
この部屋に来てからかなりの時間が経過した。なのにアンジェリークの出てくる気配はまるでない。マルセルはだんだん退屈し始めていた。
「ねえ、アンジェリーク、まだなのぉ?」
もう一度声をかける。
「ごめんなさい。もう少しなんです。」
しかし、マルセルももう待ちくたびれていている。ふと思いついて
「ねえ、アンジェリーク。今、着替えているの?」と尋ねると、その答えは
「もう着替えは終わってますよー」とのこと。
ならば、ここで一人待っていなくてはならない理由はないだろう。
「アンジェリーク、そっちに入っちゃダメ?もうぼく一人で待ってるの飽きちゃった。せっかく二人でいられるお休みなのにそんなの寂しいよー。」
「えっ!?そっ、そんなっ!だめですよマルセル様!!」
隣でアンジェリークは慌てている。しかし、もう待てないマルセルは
「なんか手伝えることがあるなら手伝うからさ。」
と言ってドアを開けた。
「きゃっ!」
隣の部屋は寝室になっていた。女の子らしい花模様のシーツをかけたベッドにクローゼット。そして鏡台。
鏡台の前に座ったアンジェリークは、いつもとは違う、年頃の少女らしい膝丈のスリップドレスにボレロ。軽くお化粧した顔はとてもかわいい。そして、彼女がしていたのは、
「えーと、それマニキュアかなー」
アンジェリークはいつもオリヴィエ様がしているみたいに爪に色を塗っていた。
「もう、マルセル様ったら。女の子が用意しているところに入ってこないでください!」
アンジェリークの声に、マルセルはシュンと項垂れた。
「ごめん…。けど待ちくたびれちゃったから。」
その様子の痛々しさに慌ててアンジェリークも謝る。
「そうですね。随分お待たせしちゃってたのに私ったら。」
「けど…これちゃんとできてから見て欲しかったなぁ。なんかこういうことしているところって恥ずかしくって。」
“これ”と言って両手を翳す。何本かだけ若草色に染まった爪。
きちんとキレイにしたところだけ大好きな人に見てもらいたい。そんな当たり前の気持ちを言ったはずなのに、
「えっ、なんで?アンジェリークならどんなことしててもかわいいよ。それにぼくとお出かけするためにキレイにしてくれるのって嬉しいな。」
マルセル様は分かって下さらない。言ってくれた言葉は嬉しいけど。
マルセル様のこういうところってオスカー様やオリヴィエ様も真っ青だと思う。ぜんぜん裏があるようにみえない。だから素直に喜んでしまう。
「えーっとあと全部塗っちゃうのかなー」
アンジェリークの爪を見てマルセルが尋ねる。
「ごめんなさい。これ本当は昨日塗っておいたんですけど、作っておいたフルーツゼリー、どろどろに失敗しちゃってるのに今朝気付いて…。で、これつけたまま作りなおしできないからいったん全部はがしちゃったんです。それで遅くなってしまって。」
「いいんだよ、アンジェリーク。ぼく待つから。」
「ごめんなさい、マルセル様…。」
「だけど、アンジェリークの傍にいてていいでしょ?」
「え!?」
「だって貴重なお休みを、一人で過ごすのって寂しいもん。」
そう言ってマルセルは、サッサと傍の椅子に座ってしまった。仕方なく、アンジェリークは爪を塗るのを再開した。
アンジェリークは、見られているからか慌てているせいかなかなか上手く進まない。
おまけに今塗っている方が利き手なので、すぐ「あんっ」とか「もうっ」とか声をあげている。そうしている内に、段々眉間の辺りにイライラが溜まってきている。
アンジェリークの一生懸命な姿はとってもかわいらしい。けど、このままだと終わるまで、大分時間がかかりそう。マルセルは声をかけてみた。
「ぼくが塗ろうか?」
「えっ」
「だってアンジェリーク上手く塗れないみたいだし、ぼくそんなに不器用じゃないし。それに以前お姉ちゃんやオリヴィエ様がしているの見たことあるし。なんかそれ見てたらやりたくなってきたんだけど」
そう言うマルセルの目は善意と好奇心でキラキラ輝いている。
アンジェリークは困惑した。考えても見ない申し出だったから。
戸惑っている間に、アンジェリークの手からマルセルはマニキュアを取り上げる。
「えーっと、手、ここに出してくれる?」
マルセルが鏡台の上を指差す。やっと正気に戻ったアンジェリークが
「結構、難しいんですよ」
とやめさせようとしても
「さっきから見てたから大丈夫♪」
とマルセルは自信満々。こうなったら止められない。アンジェリークはあきらめて手を鏡台にのせる。
「あっビンの口で筆を一回しごいてくださいね。そうでないと爪の上でたれますから」
「うん、わかった。それで一直線に筆を引けばいいんだね。」
「はい、そうです」
そしてマルセルはアンジェリークの指を取り、爪に筆を落とそうとした。
「あっ……っ。」一瞬、アンジェリークが動く。
「どうしたのアンジェリーク?」
「い、いえ、なんでもないんです」
マルセルに指を取られた瞬間、なんかヘンな感じがした。くすぐったいんだけど、それだけじゃない不思議な感覚。思わず声が出てしまった。
マルセルは確かに器用で、初めてにしては上手にマニキュアを塗っていく。けれどもアンジェリークはマルセルの指を意識してそれどころではない。マルセルの熱が伝わってくる自分の指。なんだか筆が動く爪の先まで神経があるみたいに痺れてくる。
ただ、マニキュアを塗ってもらっているだけなのに。
私って……なんかヘンなのかも………?
アンジェリークは赤くなってそう考えていた。
「このままそっちの手も塗ろうか?」
気がつくと片手が終わっていた。アンジェリークがぼんやりしているのをどう理解したのか。マルセルはもう片方の手を鏡台の上に置き、そちらも塗り始める。
アンジェリークのマニキュアってキャンディーみたい。
マルセルの意識はアンジェリークの爪に集中していた。
今、マルセルが塗っているマニキュアの色はドレスの色に合わせたらしい若草色。それ以外でもアンジェリークの鏡台の上にのっているマニキュアのコレクションは、以前見たことのあるオリヴィエ様のものと違い女の子らしい淡い色のものが多かった。
うーん、マニキュアって匂いはヘンなんだ。だけどアンジェリークの爪ってコレ塗らなくても小さくってピンク色でかわいいのにな。けどこれ塗った爪もまたかわいいからいいかな?そう、クッキーなんかにアイシングする感覚。そのままでもとってもおいしいけど、デコレーションするとまた、味が変わっておいしい。うん、それに似ている。
そんなことを考えているうちに、マルセルは全ての爪を塗り終わった。
「ありがとうございました。マルセル様」
ほっとしてアンジェリークが手を引こうとする。けれどもマルセルはそのままアンジェリークの指を引っ張ったかと思うと…、手の甲に唇を寄せた。そっと舐め上げられる感覚。
「ええっ!?マルセル様ぁっっっ!!!」
まさかそんなことをされるとは思っていなかったアンジェリークは一気に現実に引き戻される。
「あっ、ごめんね。なんか、アンジェの指、舐めたくなっちゃって。」
マルセルが極めて明るく言い訳する。
「はあ?」
「だって、これ塗ったアンジェの指ってキラキラ光ってキャンディみたいで…。けれどもまだ乾いてないからこれ舐めるとついちゃうでしょ?で、だめかなーって思ったら、アンジェの手もよく見たらミルクキャンディみたいだな、って。で、ついやっちゃったんだけど…。」
そんなことであんなことやっちゃうのー??
今回ばかりは一瞬、からかっているのかと疑った。けれどもマルセル様はいつものとおりで、
「いやだった?」なんて聞いてくる。
確かに驚いたけどイヤじゃなかった。今、手の甲にマルセル様の感触を思い出すとさっきよりドキドキする。
「いやじゃありませんけど…。」
顔を赤らめてアンジェリークが答える。
「あっ、よかったぁ。アンジェの手ってやわらかいんだね。また、していい?」
アンジェリークは頭がくらくらしてきた。こんな質問に答えろっていうワケ?
「あのー。たまになら…。」
小さな声でアンジェリークが答える。
「嬉しいな。じゃあ、またさせてね。それじゃ行こうか。湖に行くまでに乾くよ。」
マルセルが座っているアンジェリークの腕を引っ張る。マルセルの意識は既に森の湖に飛んでいるようだ。
さっきからの余韻で、腕をとられただけでも赤くなりながら、アンジェリークはマルセルに引かれて部屋を出る。
まだまだ女の子のコト、よくわかっていないマルセル様。けど、今の私の気持ちが知られるなんて想像するだけで恥ずかしい。
だから、だから、
「お菓子の入ったバスケット、持ってくださいねー」
明るく声をかける。振り向いたマルセル様の笑顔。その笑顔が大好きだから…。
とりあえず、これでいいんです。
・・・おわり
Postscript
たちばな霧夏様からの頂きものです(^^)
なんかとっても微笑ましいカップルですねぇ~。
でも女の子の方が成熟するの早いってやっぱり納得できますわ。
マルセル様~、早く大人になってね~~(爆)