SUJY-Fantasy-Factory ~アンジェリーク、遥かなる時空の中で等の二次創作と、オリジナル小説のサイトです。

秘密の関係



「アンジェリーク……、世界の女王ではなく、私一人の女王になってくれ」

「よろこんで…」

 頬を染めて俯く少女を戸惑いながら抱き寄せ、その額に口付ける。

「…私の…アンジェリーク……」

 二人はいつまでもそうやって寄り添っていた。

 ─── そんな情景が森の湖で繰り広げられたのが僅か二週間ほど前のことである。
 未だ女王試験も半ば。
 ジュリアスは暫しの間、この関係を秘めておくことにした。
 まだ宇宙は救われていない。
 せめて大陸の民を中の島に導くまで試験を終了したくないとのアンジェリークの願いを、彼は二つ返事で受けたのだ。女王陛下や他の守護聖に知らせるのは女王試験の終了が近くなってからでも遅くはないと判断した為であった。
 だがだが。
 その時は、秘めたままでも大丈夫だと思っていたが……。
 例え関係を秘めておこうが、開き直ろうが、そこはそれ、想いの通じ合った者同士一緒にいたいと思うのは至極当たり前の事である。
 必然的にアンジェリークは彼の部屋に訪れることが更に多くなり、また、彼も彼女の部屋に赴くことが多くなる。当然二人で出掛ける事も…。
 それが今、彼の悩みでもあった。
 頻繁に二人で会っていれば、関係がばれるのは時間の問題である。
 何より規律とけじめを重んじてきた彼にとって、女王候補との関係がばれるのは余りうまくない事態であった。
 自分から言うのとどう違うのか…と思うが、それがけじめだ、と、彼は思うのである。
 とにかく、そんなこんなで彼は極力アンジェリークに会わないという無駄な努力を続けていたのであった。

「ジュリアス様~~、こんにちは~」

 扉の影から金色の頭がひょいっと覗き、その瞬間に部屋に色が宿ったような気がしてジュリアスは目をしばたいた。

「おまえか」

 彼女がそばにいない日常は、何故か色あせて見える。
 あれほど勤勉であった彼も、ここ数日彼女と会っていないというだけで、職務に身が入らない。
 にこにこしながら後ろ手にこちらに近づいてくる彼女を見て、ジュリアスは己が満面の笑みを浮かべているのに気付き、慌てて頬を引き締めた。

「私に何か用か?」

 努めて冷静に話そうと努力しているらしいが、つい口元が緩んでしまうのは致し方ないことであろう。
 アンジェリークはにっこりと笑って後ろ手に隠していたものを差し出した。

「…??」

 それは籐製のバスケットだった。

「ピクニックに行きませんか?」

「ピクニック?」

「ええ。今日は土の曜日ですよね。私急いで大陸の視察に行ってきて、それでお弁当を作ったんです。ジュリアス様……お昼まだですよね?」

 まだ昼食の時間にはしばしの間がある。
 ましてジュリアスの土の曜日の昼食予定はいつも一時か二時が近い頃だった。
 午前中の執務を終え、一端屋敷に戻って食すのである。

「昼食はまだだが……」


「だめ……ですか?」

 言い淀むジュリアスに、アンジェリークは悲しそうに瞳を潤ませる。
 彼女との昼食はそれは楽しいひとときとなろう。
 …だが、外で…となると、人目につく可能性も高くなる。まして今日は土の曜日である。午前中で執務を切り上げた者がかなりいるはずであった。
 人目につくのは避けたい。
 だが、アンジェリークとの昼食は結構、いや相当、いや物凄く魅力的であった。

「うむ…」

 手を顎にあてて考え込んでるジュリアスをみて、アンジェリークはがっかりと項垂れた。

「そうですよね。ジュリアス様、お忙しいのに。…ごめんなさい、無理を言って…」

 そう言って、アンジェリークは帰ろうとする。

「ま、待て、待つのだ、アンジェリーク」

 それは全面降伏の合図だった。
 僅かに抵抗を試みたとて最後にはいつもこうなる。
 寝ても覚めても彼女のことが頭から離れる時はないのだから、本当は即答できる筈なのに一応の抵抗をしてみせるのだ。
 取り敢えず首座の守護聖の面子を立てたジュリアスは、─── 一体誰に立てた面子であろうか悩む所であるが… ─── 一つ咳払いをすると微笑んだ。

「さて、どこで昼食にするがよいだろうか?」







やはりゆっくりと森の湖でランチをすることにした二人は、宮殿の庭を並んで談笑していた。

「おや…。ジュリアス様、アンジェリーク、こんにちは。お出かけですか?」

 テラスの方から優美な声が掛かった。
 僅かに身を強張らせたジュリアスがそちらを向くと、水の守護聖が手すりにもたれてこちらを見下ろしている。

「う、うむ。…しょ、所用でな」

 努めてさりげなく装おうとする彼の目に、扉の影のソファにくつろぐ黒い塊が飛び込んでくる。

「く、クラヴィス……そなたもいたのか」

 闇の守護聖はちらりと二人を見ると口の端に微笑を浮かべた。

「…いたのか…とは異なことを。……ここは私の執務室だが…?」

 僅かに嘲笑を含んだような声音にむっとしたジュリアスであったが、妙に意味ありげな薄笑いが気になって何も言い返す事が出来ない。
 ここは早々に立ち去るがいいとばかりに、「そうか…」などと口の中でもごもご言って背を向ける。その背に追い打ちの言葉が降ってきた。

「今日の昼食は………、さぞ美味であろうな…。食すぎないようにするがいい」

「心配無用!!」

 言い捨てると、ざかざか庭を横切っていった。
 その姿を目で追うクラヴィスがくつくつと忍び笑いを漏らす。

「クラヴィス様…」

 呆れたようなリュミエールの声。

「余りおからかいになるのはお気の毒です…」

「…気にするな」

 まだ微笑を浮かべたまま、クラヴィスは手元の水晶球に視線を落とした。

「……あれで隠しているつもりらしいな、…あれは…」

 庭園は人が一杯だった。
 飛空都市に勤める人々の娯楽の為にそこここに屋台や出店が並び、普段の日の倍以上の人が集まってきている。
 ジュリアスはさりげなく周囲に目を配り、見知った顔があれば即回り道をしようと構えていた。しかし、それは背後から忍び寄っていたのであった。

「はぁ~~~いっ、ジュリアス、アンジェリーク、どっこいくのぉ~~?」

 背後からがばっと二人の間に割って入り、それぞれの肩に両手を回したオリヴィエが陽気に囁いた。

「うっっ!」

「オリヴィエ様!」

 二人を驚かせてご満悦の夢の守護聖は、ぱっと手を離すと彼らの前に回り込んだ。

「天気もいいしねぇ。今日みたいな日は家の中でくすぶっているより、外に出た方がいいものねぇ~」

「そうそう、そうですよね、オリヴィエ様」

 無邪気なアンジェリークはこんな見え見えの誘導尋問に軽く引っかかってしまう。

「私もそう思って、今ジュリアス様をラン……」

「うおっほんっ!」

 慌てたジュリアスは、咳払いで彼女の言葉を遮った。

「今日は、日頃の激務の慰労の為に、息抜きの為に、外出することにしたのだ。
 ─── ではな、オリヴィエ」

 アンジェリークが余計な事を言ってしまう前に“慰労”“息抜き”を強調してみる。そして通せんぼするかのように立ちはだかる彼の横をすり抜けようとした。
 これ以上ここに長居は無用だ。

「そう、私達も息抜きにカフェテラスでランチすることにしたの。ねぇ、オスカー、ルヴァ?」

 ぎょっとしてジュリアスが振り返ると、いつの間にやら後ろにオスカーとルヴァが立っていた。

「こんにちは、ジュリアス、アンジェリーク。…いい天気ですねぇ」

「これはジュリアス様、外出ですか? お珍しい。
 ─── よお、お嬢ちゃん。相変わらず可愛くて、俺は嬉しいよ」

 よもや炎と地の守護聖までいるとは思わず、ジュリアスは内心狼狽した。しかしそれを面に出さぬよう極限の努力を尽くし、一見成功したかのように思えた。─── が……。
 無情にも、浮かべた微笑は幾分強張っていた。

「そ、そなた達……。
 ─── えー、そなた達も……、その、つ、常日頃の疲れを…充分に癒すがいい」

 口述を考え考え話しているので、どうしてもつかえがちになってしまうが、ようやく体勢を整えたジュリアスが立ち去るきっかけを作りだした。

「ほんとに…、珍しいですねぇ。ジュリアスが外出なんて」

 しかしワンテンポ遅れたルヴァの言葉に、きっかけを失ってジュリアスは出かけた足を止めるはめになってしまう。

「そんなことはない。私とて、たまには息抜きぐらいは…」

「そうよねぇ~~、ジュリアスだって、たまには息抜きしないと身体がもたないわよね?」

「お嬢ちゃん、ジュリアス様のお話は為になるからな。しっかり聞いてくるんだぞ」

「はい、オスカー様」

「それでは、な、」

 そうジュリアスがいとまを告げた時であった。

「うんうん。日頃の疲れを癒すには、やっぱりそのー、ゆっくりと昼食でも取るのが一番でしょうね。森の湖のような、静かなところで。ね? ジュリアス?」

「うっ…」

 またしても、足を止められ、しかも自分達の行動を読まれてしまってジュリアスは真っ赤になって固まってしまった。

「そうだよね。庭園がこんなに混んでるんだから、森の湖はさぞ静かでしょうねぇ~~。ゆっくりと息抜きするにはもってこいよね?」

 オリヴィエの言葉に、アンジェリークはにこにこ笑って頷いた。

「本当に。ジュリアスはとても蘊蓄がありますからね。たとえ些細なことでも、聞いておいて損はないと思いますよ」

「やあねぇ、ルヴァ。それじゃあ息抜きにならないじゃないの」

 ルヴァの話しに付き合っていてはいつまでもここにいる羽目になってしまうと判断したジュリアスは、盛り上がってる彼らを後目にとっとアンジェリークの腕を引っ張ってそこから離脱した。

「……今日はゆっくりと、お二人で憩ってきて下さいね、アンジェリーク。
 ……おや…? アンジェリークー? ジュリアスー?」

 とうの昔にその場を離れてしまった二人を探して、ルヴァはきょろきょろした。

「まったく、ルヴァってばさいこーだよね」

「ジュリアス様も。恋をするとあれほどに純情になられるのかと思うと、……ますます尊敬するぜ」

「……なんか含みのある言い方ね、オスカー?」

「おまえには一生わからんさ、“極楽鳥”」

「おーや……。私は分からない方が幸せだと思うけどね。それに私から見れば、あれはただの悪あがきにしか思えないけどな」

「ジュリアス様や俺の美学を理解しろなんて、お前に期待してないさ」

「…んなまどろっこしいもの、理解したくもないね。私だったら、見せびらかしちゃう」

「二人とも…。一体どこにいっちゃったんでしょうかねぇ?」

 緊張感のないルヴァの声が二人の間に割ってはいる。

「いいのいいの。─── さ、ルヴァ、私達もランチにしよう」

 首を傾げるルヴァの背を押して、オリヴィエとオスカーはカフェに向かっていった。

 湖岸は人影もまばらであった。
 ゆらゆらと揺らめく水面が眩しく、渡る風は爽やかだ。
 静かではあるが、しみじみと語るにはまだ幾分時間が早いようで、二人の時を求める恋人達の姿もほとんどみかけない。
 おそらくは夕刻になった頃、この湖はその真の姿を見せるに違いない。
 二人は早速バスケットの中身を広げると、ほっと一息ついた。
 ここに来るまでで、ジュリアスは気力の殆どを使い果たしてしまったが、こうやって彼女と二人きりの落ちついた時間になると、再び失われた気力が満ちてくるから不思議だ。
 アンジェリークがそばにいて、彼に微笑みかける。
 ……ただそれだけで、彼の胸は幸福感で満たされ、一杯になってしまう。
 その美しい瞳がジュリアスだけを見つめていてくれるのだと思うと、さすがのジュリアスも、何もかも忘れて抱きしめそうになってしまうのだった。
 彼女の作ったものはどれも美味で、二人で楽しく語らいながら食すうちにジュリアスはここに来るまでの忌まわしい出来事の数々を忘れてすっかりくつろいだ気分になった。
 腹が満たされてくるとその柔らかな雰囲気のせいかまぶたが重くなり、そばにあった木に寄りかかってうつらうつらし始める。
 それを微笑みながら見ていたアンジェリークも、誘われたのか次第に眠くなり、ジュリアスの胸にもたれかかるようにして眠ってしまったのであった。
 二人の穏やかな時間を覗くものは、優しい水面と森の小動物達だけ。
 ─── …………のはずだった。

「あ~~あ……。眠っちゃったよ」

「声……、掛けそびれちゃったね……僕たち…」

 少し離れた茂みの向こうから、ひそめた声がした。
 言わずと知れた少年達である。
 彼らはジュリアスとアンジェリークが食事中にここに来たのであるが、余りにも和んだその場の雰囲気に声を掛けそびれ、きっかけを待って身をひそめていたのであるが…。

「これじゃ、覗きみたいじゃないか」

 ランディは不本意なのか、口を尖らせて言った。

「立派な覗きだよ、これは」

 上から…、立派な枝の上に身体を乗せて寝そべっているゼフェルは、挑むように言う。

「違うだろっ、僕たちはちゃんと声を掛けるつもりだったのに、かけられなかったんじゃないか」

「…で、結局はこうやって覗いてるんだから、同じだろーがっ」

「ちょっと、いい加減にしなよ、二人とも。ジュリアス様とアンジェリークが目を覚ましちゃうじゃない」

 慌てて二人を制したマルセルは、そっと二人の様子を伺う。
 しかし、よほど安心しきって眠っているのか、少し大きな声がしたぐらいでは、目を覚ます気配はなかった。
 マルセルはほっと胸をなで下ろす。

「このまま眠らせてあげよう。…ね? ゼフェル、ランディ」

「そうだな、二人とも疲れてるみたいだし…」

 ランディはようやく爽やかに笑って頷いた。

「…ったくよー。変に気を遣ってるから疲れるんだよ。
 ばかじゃねーの、ジュリアスはよー。もーとっくの昔にばれちまってるのに、何を今さら隠してこそこそしてるんだか……」

「そんなふうに言ったら失礼だよ、ゼフェル!」

 かまびすしい周囲などよそに、ジュリアスとアンジェリークは一緒に、幸せな夢を紡ぎ続けていた。

FIN




お待たせしました。「ファン☆コール」のリクエスト、第二回分です。
このお話は守護聖全員、一通りご出演なさり、喋っておられます(^o^;;
だからどうって訳ではないんですが、こんなコメディ調でも許してもらえますか~~(T_T