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光と闇の協奏曲 ~アンジェリーク編~〈アンジェリークSpecial2〉


「おーっと……。お嬢ちゃん…、大丈夫かい?」

 「強さ」を司る炎の守護聖オスカーは、少女の顔を見るなり第一声を上げた。
 人を食ったような態度とセリフで、いつも戸惑わせるオスカーであったが、さすがに今日のアンジェリークの顔を見ては、その言葉しか出てこない。それほど少女は、いつもの闊達な明るさも優しげな表情も消えうせていた。
 血の気を無くした顔色に、熱でもあるのだろうか、瞳が潤んでいる。
 このまま消えてしまいそうなくらい儚く見えた。

「オスカー様…」


 胸の前に抱きしめた資料の束を手が白くなる程ギュッと抱きしめている。

「…そんな顔してどうした?……。何かあったのか? それともあの天使の笑顔は俺だけのためにとっておいてくれてるのかな?」

「オスカー様…」

 ともすれば足元から頽れそうになる自分を必死に支えながら、少女は炎の守護聖の顔を見上げる。

「…なんでも……ないです、オスカー様…」

 弱々しく笑顔を作るとペコリと頭を下げ、小走りに回廊を抜けて行く。

「お、おい、お嬢ちゃん、」

 回廊に靴音が響き渡り、やがてそれも小さくなって消えた。

「ふう…」

 いつになく真剣な顔付きでため息をつく。

(随分と、具合が悪そうだな…それに…)

 ちらりと、今少女が出てきたドアを見て彼は歩き出し、前できりっと襟を正す。

「ジュリアス様。オスカーです…」

「入れ」

 短いいらえがして、オスカーははじかれた様に入室した。

「ジュリアス様、エルンストがこれを…と」

 渡された用紙に目を落としているのは、「誇り」をもたらす光の守護聖ジュリアスだ。

「……ふむ。やはり、まだ育成は滞っているようだな…。特に、闇の力。望みは以前からかなりあったが、私が考えているよりもはるかに増え方が少ない」

 険しい表情のままの彼は「光」の名に相応しく気高い威厳に満ち、輝いていた。
 その瞳は煙り、思案に満ちて、やがて閉じられる。

「…オスカー、そこでアンジェリークにあったか?」

「あ、はい」

「彼女は、…その、今日はいつもと違って顔色が余り良くなかったようだが…」

「ええ」

「……大丈夫だろうか」

「……」

 表情を崩さぬまま少女を気遣う光の守護聖の、その不器用さに、オスカーは苦笑いしながらも敬愛の念を抱くのだった。

「また…、お怒りになられたんですか? たいそう沈んでいました」

「私は怒ってなどいない。適切なアドバイスと励ましをした……つもりだ。オスカーもこれを見れば分かるだろう? 今アンジェリークの育成は思うような結果が出ていない。闇の力があまり宇宙に届いていないのだ。…そのせいか、他の守護聖の力にも影響が出ている」

「特に、「光の力」ですか…?」

「私は、」

 ジュリアスはオスカーに鋭い視線を投げつける。

「女王候補の望むように力を送っている。望みの予測を見ても、この現在の力の数値よりも遥かに私が送った力は上回っているはずだ。それが、これしか届いていないのは、何か原因があるに違いない。今、エルンストやルヴァに原因を調べさせているが、おそらく元凶は…」

「ジュリアス様…」

 光の守護聖と闇の守護聖の確執は今に始まったことではないが、オスカーから見ても闇の守護聖のあの無気力さはジュリアスと同じくらいに我慢が出来ないことではあった。だが、今回のジュリアスの言い様は、今までのとは少し違うように感じられる。

「今回は随分と熱くなられているようですが、ジュリアス様?」

「熱くなどなっておらん。いつもと同じだ。私はあれの態度に我慢ならんだけだ」

 ジュリアスはオスカーに背を向け、窓に歩み寄った。
 聖地のまぶしい陽光は、誇らかに立つ守護聖の姿をより一層美しく際だたせている。その整った眉が僅かにひそめられた。
 窓の下には年若い守護聖達と語らう少女の姿があった。

「原因は…アンジェリーク……ですか」

 ピクリッと眉が上がる。

「……」

 心配そうにオスカーが見つめるのを気付かぬ風で、光の守護聖はその背に静かな拒絶を漂わせていた。





「アンジェ、絶対、帰って寝た方がいいよ。今にも倒れそうじゃない…」

 半分泣き出しそうな瞳をして、「豊かさ」をもたらす緑の守護聖は言った。

「マルセルの言う通りだよ、アンジェリーク。ゆっくり眠って、それからまた、頑張ればいいじゃないか。時にはそういう判断を下すのも、勇気のいることだよ」

 自分の力が必要にされている気がして、「勇気」をもたらす風の守護聖、ランディは爽やかに微笑む。

「……でも私…、なんだかアルフォンシアが心配なの。あんまり元気ないし、望みの通りに守護聖様達にお願いして力を送っているのに、ほとんど成長しない…。具合でも悪いのかしら…?」

「何いってんだよ。ばっかじゃねーのお前。宇宙の意志の一つなんだろ、アルフォンシアってよー。そんなんが風邪ひいたり熱だしたりするわけねーじゃねぇか。そんなくだらないこといってんなら、とっとと帰って寝ろよ」

 芝生にごろっと寝ころんだまま、ゼフェルは言った。彼は「器用さ」をもたらす鋼の守護聖である。態度も性格もかなりねじまがってはいるが、少女の体を心配して言ったことは確かであった。だが、率直なランディには言葉だけが耳に残ってどうにも一言言ってやらなければ気が済まない。

「そんな言い方ないだろう! アンジェリークは本当にアルフォンシアの事を心配してるんだぞ!」

「うっせーなっ! だったらおめーが何とかしてやったらどーなんだよ!」

「何だと!」

「ちょっと、二人とも止めてよ。けんかなんかしてる場合じゃないじゃない」

「マルセル様…、ランディ様、ゼフェル様……。みんな心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫。もう少し考えてみてからちゃんと休みます。だから、けんかしないで下さい」

「アンジェリーク……、本当に大丈夫?」

 少女の悲しそうな様子にはっと我に返ったランディは、彼女に駆け寄って眉を寄せた。

「ほんと、アンジェ、絶対に休んだ方がいいよ……」

 アンジェリークはこくんと頷く。

「チェッ……」

 その生気の失せた横顔をちらっと見ながら、ゼフェルは再び芝生に転がった。

「…心配なんか…してねーよ……」

 その呟きは風に消されて誰の耳にも届かなかった。




  ──コン、コン…

 ノックの音が、誰もいない寮の廊下に響く。

「誰かしら…?」

 アンジェリークは今の今までにらめっこしていた予測表やその他の資料を机の上に置いて、ドアを開けた。

「ルヴァ様…」

「こんにちは、アンジェリーク。具合はいかがですか?」

 穏やかな笑みを浮かべた地の守護聖は、遠慮がちに部屋へ入ってきた。

「どうして、私が具合が悪いって……?」

 この「智恵」をもたらす地の守護聖に、今日は一度も会っていない。だから少女の体の調子を知る事はないはずである。

「…あー、その──ジュリアスがね、様子を見て来てくれと…」

「ジュリアス様が?」

 少女の顔がやや曇ったのを見て、ルヴァは察した。

「また叱られたのですか?」

 コクリと頷く。

「ふーっ……。あーアンジェリーク……、分かっているとは思いますが、ジュリアスは本当にあなたの為を思って言ったんだと思いますよ」

 再びアンジェリークは頷いた。

「分かってます、ルヴァ様。…私、叱られたのが悲しいんじゃなくて、叱られる原因を作っている自分が情けなくて…だから……」

 ルヴァはやさしく微笑んで、少女の柔らかな髪をそっと撫でた。

「あなたにそのー、今必要なのは休息のようですねぇ。今日は金の曜日。明日はアルフォンシアの様子を見に行くんでしょう? だから、早く休んだ方がいいと思うんですが──」

 ルヴァに促されて、少女は大人しくベットに横になった。緊張が解けてみると、自分の体が鉛のように重く感じ、目を閉じると頭の中がくるくると回転する。

「あーこの薬を飲んで、ゆっくり休みましょうねぇ。──明日になれば、たぶん、少しは元気になると思いますよ」

「あのー、ルヴァ様…」

「はいはい、なんですか、アンジェリーク」

「もうどうすればいいのか、全然わからないんです。アルフォンシアの事……。望みの通り、いえ、それだけじゃなくて、いろいろ資料を参考にして守護聖様達の力を注いでもらっているんですけど……。だめなんです。ちゃんと学芸館も行ってるし、安定度も上がってる…。けど、けど、どうして力が届かないんでしょうか? こんなことも分からないなんて、私…、女王候補失格ですね」

「アンジェリーク…。そのー、ね、ジュリアスが言ってました。アンジェリークとレイチェル、女王候補が二人も揃って結果がはかばかしくないなんて、何か他に原因があるんじゃないかと…」

「レイチェルも? レイチェルもうまくいってないんですか?」

「ええ。えーと、ここ二、三週間ぐらい前ですよね、成長が止まった様な状態になったのは?」

「はい」

「アルフォンシアもルーティスも同じ様な状態なんです」

「ルーティスも…」

 少女は胸が痛くなった。
 つい昨日もアルフォンシアの様子を見てきたばかりである。土の曜日ではないが、ここしばらく元気のないアルフォンシアが気になっていかずにはいられなかった。
 すっかり打ちしおれて、すがるように少女を見上げていた。心なしか毛艶も悪くなったような気がする。
 レイチェルもそんなルーティスの姿を見て、心を痛めていることだろう

「あのー、今ですね、エルンストと原因を探していますから。だからですね、そのー、元気を出して下さい。女王候補失格だなんて、そんなこと考えちゃダメですよ、ねぇ?」

「……はい、ルヴァ様。ありがとうございます」

 少女は素直に頷く。
 しかしそれでも表情は晴れず、いつもキラキラと輝いている瞳さえ今日は暗くくすんだままであった。
 ルヴァはそんな少女を見て、胸が痛んだ。

「…あなたの…、そのー…、笑顔を見ていないと…何だか私まで……元気がなくなっちゃいそうですよ…」

「…ごめんなさい…」

 ルヴァはほぉーっと溜息をつく。
「…あなたにそんな顔をさせる原因を…早く取り除いて上げたいですよ…。それで…ですねぇ、これは一つの仮説なんですが…」

 途切れ途切れに話し始める。
 宇宙の意思であるアルフォンシアはアンジェリークとひとつであると言うこと。そしてもちろんレイチェルも。宇宙の育成が滞っているということは、宇宙の意思と繋がっている二人に何か要因があるのではないかということ。レイチェルとアンジェリークになにか思い当たることはないかということ。

「何か悩みとか、身体の異常とか、そんな微妙なあなたの変化を、アルフォンシアは敏感に察知して、反応してるんじゃないかと…」

「…悩み………ですか」

 アンジェリークには心当たりがあった。
 ここ二、三週間、正確には二十日ほど前、闇の守護聖の執務室で起きた出来事以来、酷く気に病んでいることがあるのだ。

「ルヴァ様……、私…」

  ──コン、コン……

 言葉を遮り、ノックの音がして、間を置いて一人の長身の男性が入ってきた。
 闇を思わせる漆黒の髪。そして神秘的な輝きを宿すアメジストの瞳。
 そこには「安らぎ」をもたらす闇の守護聖クラヴィスの姿があった。

「クラヴィス様…」

「あ、あのー、そのー、クラヴィス、あなたが、な、なんでここに?」

 思わぬ闇の守護聖の出現に、ルヴァも驚いたようだ。すっかり言葉がうわずってしまっている。

「……星に導かれた」

「はあ?」

 ルヴァがあっけにとられているうちに、闇の守護聖はすっと少女に近づき、幾分威圧的に見下ろした。まるで、ここにいるのは自分の意志ではない、とでも言いたげに。

「お前の聖獣が、お前を呼んでいる。…それに私と……あと一人」

「アルフォンシアが?」

「クラヴィス!? なぜお前がここにいる?」

 突如入口の方から声が飛んだ。

「ジュリアス様」

 闇の守護聖に引き続き、光の守護聖までもが部屋に訪れ、不穏な空気とともに部屋が妙に狭く感じられる。
 アンジェリークは二十日前のある出来事を思い出し、胸にきりきりと痛みを感じて身体を縮込ませた。

「何故、ここにいるのか聞いている」

「……さて……何故であろうな…」

 ジュリアスはぐっと怒りを噛みしめ、口を開けたままの地の守護聖の脇を通り過ぎると、クラヴィスとは反対側のベットの脇に寄った。

「どうだ、具合は」

「はい、大丈夫です……。ありがとうございます」

「それより今、エルンストが知らせて来た。宇宙が…、宇宙全体が収縮を始めている」

「宇宙がですか?」

 驚くほど大きな声を上げたのはルヴァだった。

「そんな…、そんなことが起こるなんて、今まで聞いたことがありませんよ。収縮しているということは、元に戻るということなんでしょうかねぇ。一体、何が起こったんでしょう?」

「とにかく、皆、王立研究院に来てくれ」

「あっ、あー、でもー、アンジェリーク?」

「私は大丈夫です」

「そう、…ですかねぇー、どうもそのーそのように見えませんが」

「……行く必要はない」

「なに!?」

 闇の守護聖の言葉を聞いて眉間の皺をいっそう寄せたジュリアスを、ルヴァは慌てて制した。

「必要がないとは思いませんが……、今のアンジェリークの状態で外出はちょっと止めた方がいいかもしれませんねぇ。薬は飲ませましたが、へたをすると肺炎を起こしかねません」

「……そうだな。しかし──」

 光の守護聖は闇の守護聖をねめつけた。

 不穏な空気。
 それは二十日前に闇の守護聖の執務室で三人が顔を合わせた時と同じ、とげとげしい空気であった。
 闇の守護聖と過ごした、僅かではあるが穏やかな時間。
 そこにやってきたジュリアス。
 何かに驚いたような表情をして二人を見ていた。
 あの時、ジュリアスはなぜあれほど激しくクラヴィスを責めたのだろう?。
 そしてクラヴィスもまた、なぜジュリアスの言葉に必要以上に反応したのだろうか?
 いつものクラヴィスからは考えられないくらい、相手を咎める意味を含んだ言葉が飛び出していた。
 アンジェリークは悲しかった。
 いつも怒られてばかりだが、ジュリアスが本当は自分のことをいつも気に掛けてくれていること、そしてクラヴィスも冷めた物言いとは裏腹に酷く優しい瞳で自分を見守ってくれていることを知っていたから。
 ジュリアスもクラヴィスも、アンジェリークは本当に好きだったから。
 大好きな二人がそうやって仲違いをする。
 二人があまり仲良くないとは知っていたが、それを目の当たりにした時、事実が現実となってアンジェリークの上に重くのし掛かっていった。
 ここのところ、その事が頭を離れず、ひまわりの様な笑顔をすら曇らせていたのであった。
「クラヴィス…、お前はいつもそういう物言いをするが、女王試験の重要さが解っているのか? 女王の御意向が分かった今、全勢力を上げてそれに奉仕するのが守護聖たる者の役割ではないのか?」

「…そうは、思わんが」

「何だと!? そう言う態度をしているから!! だから!! アンジェリーク達の育成が進まぬのも、そう言うお前が真面目に守護聖の務めを果たさないからではないのか!? お前が他の守護聖達の足を引っ張っているのだぞ!! クラヴィス!!」

「ジュリアス様!! 止めて、もう…止めて下さい!!」

 少女は思わずベットから飛び降りて光の守護聖にすがりついた。

「クラヴィス様のせいじゃないです! …私、見ちゃったんです。クラヴィス様、私が育成をお願いした日でもないのにアルフォンシアの為に力を送り続けていてくれたんです。……悲しそうな…瞳をして…。だから、だから、育成が遅れているのもきっと私のせいなんです。あの子のこと、もっと良く解ってあげなきゃ。私…、私の…」

「アンジェリーク!!」

 ルヴァが叫んだ。
 少女は全ての力を使い果たしたように、その体がぐらりと揺らいで傾いでいく。

「アンジェリーク!」

 ジュリアスは夢中で彼女を抱き留めていた。

「……来るぞ」

 闇の守護聖が悲しみを湛えた瞳で呟いた。

「えっ?」

 ルヴァとジュリアスが顔を見合わせるよりも早く、その異変はぐったりとした少女の体に起こっていた。

「あっ、あっ、アンジェリーク……?」

 その場にいたものは少女に起こる異変を身動き一つせず見つめていた。

「……」

 アンジェリークの体はジュリアスの腕の中で少しずつ輝き始めていた。
 柔らかな黄金の光。
 それは徐々に部屋を満たし、中を真昼の明るさで照らす。

「──これは……」

「……」

 地の守護聖は驚きが半分と興味が半分でこの事象を見つめている。闇の守護聖は黙ったまま、少女の顔から目をそらさなかった。

『……止メテ、止メテ、喧嘩シナイデ』

 気を失っているアンジェリークの唇から、彼女のものでない声が零れてくる。
 無限の広がりを感じさせる力に溢れた声…。
 ジュリアスははっと顔を上げ、自分の考えを確認するためにルヴァの顔を見た。

「これは……どうやらアルフォンシアのようですね」

 少女の体を借りた宇宙の意志は、輝くルビー色の瞳をジュリアスに向けた。

『悲シイヨ、喧嘩。……二人仲良クシテホシイノ、アンジェリーク』

「何だと!?」

『闇ハ優シイ……、光ハ希望。デモ……何ダカ、眩シスギルヨ、誰モ誰モ近ヅケナイ』

「アルフォンシア、どういう事だ?」

『アンジェリーク、大好キナノ…。光モ…キレイナ光モ、ヤサシイ闇モ…大好キ。闇ト光ハドッチガ無クテモダメナンダヨ。闇ヲ否定シナイデ、光ヲウトマナイデ…』

「……」

 光の守護聖は憂いて闇の守護聖の顔を見つめた。

「私のせいか? アンジェリークの育成がうまくいかないのは、私のせいなのか?」

「……いや、それだけではあるまい」

 急速に光が薄れていった。元の闇に戻った部屋の中に光の痕跡である白い羽根が舞っている。
 ルヴァが嘆息した。

「そうですか……アルフォンシアはきっと、アンジェリークの事が心配で心配でたまらなかったのでしょうね。お二人の仲に心を痛ませているアンジェリークが心配で心配で……だから」


「だから、そのストレスが原因で成長に支障をきたしていたのか…」

 光の守護聖は、元に戻った少女をゆっくりベットに寝かせた。その上に闇の守護聖が手をかざす。

「アンジェリークに…ひとときの安らぎを…」

 暖かなサクリアが少女の上に降り注ぐ。

「…王立研究院に行く必要は無くなったな。私は失礼させてもらう…」

 クラヴィスは少女の寝顔が安らかになったのを見届けると、部屋を出ていった。

「ルヴァ、アンジェリークをたのむ」

 ジュリアスがそれを追って出る。
 ルヴァは安らかな寝息を立てる少女の頭に手を乗せて、とても愛しげに──それは今まで誰にも見せたことのない、少しはにかんだような笑顔で優しく髪を撫でた。

「アンジェリーク、あなたって人は」




「クラヴィス、待て」

「…何か用か?」

 月光を受けて闇の守護聖が振り向いた。

「私はおまえが嫌いだ。それは、そんな急には変わらないだろう。だが…、」

 風を受けて木々がさやさやと揺れる。闇の守護聖にかかる月の光もそれに合わせてゆらゆらと揺れた。

「だが、今は闇の安らぎがそれほど忌まわしくは思わない」

「……」

「アンジェリークを案じていたんだな」

「……」

 ジュリアスはクラヴィスが無言で何となくホッとした。
 関心無く装うことが、ときには相手を傷つけずにすむことを初めて知ったような気がする。

「私はおまえが原因でアンジェリークの育成がうまくいかないのだと思っていた。だがそれは間違っていたようだ、不本意だがな…」

「……フッ」

「何がおかしい?」

「……おまえが自分で間違いを認めるとはな」

「間違っていることがはっきりと分かれば、きちんとする。人としての誇りを失いたくはないからな」

「そうか……、少しは進歩したな」

 ジュリアスはムッとしたが、それほど言い返そうとは思わなかった。
 闇の守護聖がゆっくりと歩み寄り、瞼の上に手を添える。

「お前も少し眠ることだ。アンジェリークを気に病んで、あまり寝ていないのだろう…」

 あたたかい力が光の守護聖の中に満ちる。

「クラヴィス…」

「……闇も、光も反発し合えば虚無を生む……のか…」

 歩み去って行く闇の守護聖の心のまったき闇の中に、僅かに光が差し込んだようだった。

「……アンジェリーク…か」

 その光の源には柔らかく微笑む少女の姿が見えた。