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昔日の陽


「えっ……?」

 俺は思わず耳を疑った。

「だ・か・らぁ、レオニスのところに行くことになったから…って」

 メイのその言葉は、俺の頭脳の回転を止めるに充分な威力を持って放たれる。

「れ、レオニスってあの、王宮近衛騎士のレオニスか?」

「他に誰がいるのよ。少なくとも私が知ってる中で“レオニス”ってのは一人だわ」

 メイはあっけらかんと言い放ち、少ない荷物の入った鞄を手に、ぺこりと頭を下げた。

「…ま、一応、今までお世話になったかんね。お礼だけは言っておかないと…。
 ─── ありがと」

「あっ、ああ…」

 一体、何だってこいつはこんなことを言い出すんだ?
 “レオニスのところに行く”……って、まさか結婚する訳じゃあるまいし……。
 …………えっ…………けっ……こ…ん??

「お、おいっ、お前……、まさか結婚するのか?」

 し…しまった。
 俺は焦ったあまりについ、余計な事まで聞いてしまい……。
 背を向けて扉から出ようとしていた彼女は、驚きの表情をして振り返った。

「何…? 結婚?
 ………ま、まっさかぁ~」

 からからと笑いながら言う彼女の瞳が少し淋しそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか?

「隊長が“いつまでも魔法研究院に迷惑かけてる訳にはいかんだろう”ってね。…あ、もちろん魔法の勉強はするし、あんたの研究の協力だって忘れてないからね。ただ…、多分もうもとの世界に帰らないとは思うけど」

「帰らない?」

「うん」

「だって結婚する訳じゃないんだろう? だったら今後の生活はどーすんだっ? 肉親は?」

「………いいんだ。だいじょぶ、だいじょぶ」

 そう言うメイは、俺から見るとちっとも大丈夫じゃない。
 こんな気が強くておちょこちょいで世渡り下手でトラブルメーカーの女が、安易に暮らしていけるほど世間は甘くないんだぞ。
 だが……。

「じゃ、そーゆーことだから。またね」

 俺には出てゆく彼女を止める権利は……、ない。
 正直なところ、研究院の財政も楽ではないし、部屋が不足してきているのも確かだ。メイが他に住む場所を見つけて出てゆくというのなら、上層部は諸手をあげて賛成するはずだ。密かに彼女の不安定な魔力の影響もあったから。見習いにはありがちのことではあるが、彼女の魔力は本人が考える以上に強大なものであるからこそ始末が悪い。
 俺は溜息をつく。
 なぜたかが彼女がここを出てゆくと言っただけで、こんなに気持ちをかき乱されなきゃならないんだ?
 …………。
 いや、違う……な。
 俺が混乱した原因はきっと…。
 ──── レオニスか…。
 二人がそういう関係だなんて、気が付かなかった。
 もっともよく騎士団寮に出掛けていくのは知ってたが、大方シルフィスあたりと喋っているのだろうと思ってた。
 あの無口で無愛想な………。
 結婚する気はないと、……言っていたな。
 しかし一緒に住むってことは、もちろん二人はそういう関係で……。
 まさか………遊……び…なのか?
 そう考え到り、俺は一気に頭に血が上ってくるのを感じた。
 レオニスがメイをどういうふうに考えているのか、彼とそれほど深い付き合いのない俺は、─── いや、俺は特に誰ともそういう付き合いはしないが ─── 一般の常識範囲内でしか考えられない。
 結婚をする気のない男が、女を家に入れるということは、あいつは妾にでもしようとしてるのかっ? それとも体のいい欲望のはけ口かっ?
 そんなこと、許せるわけがないっっ!!
 俺は研究院を飛び出していた。
 自分が何故、たかが一個人のことでこんなにむきになっているのか考えもしないで。

 ─── どこをどう走ってきたのか…。
 そんなことはどうでもよかった。
 道すがら彼女の姿を探していたが、求めるものは見あたらずにとうとうここまで来てしまった。
 きっとどこかで追い越したか、大方寄り道でもしてるに違いないが、今は後回しだ。
 俺はレオニスの屋敷の前まできていた。
 応対に出てきた者にレオニスに会いたい旨を伝えると、俺を見知っていたのか、それとも緋色の肩掛けの威力か、何も言わずに黙って屋敷の中に通してくれる。
 品のいい応接間だった。
 飾りすぎず、殺風景過ぎず…。
 主のセンスを如実に表しているその部屋は、常ならぬ状態であればさぞ居心地のいい所なんだろうが、今の俺にそんなことは彼の価値を測るに何の役にもたっていない。
 やがて…。

「キール殿…。……何かあったんですか?」

 入ってくるなりそう切り出した彼は、緊張した面持ちで俺を見ていた。
 そりゃあそうだろう。
 普段まともに話したこともない俺が、こうやって突然に訪ねてきたからには何か重大な問題が起こったと考えて不思議はない。

「どういうつもりですかっ?」

 しかしすっかり頭に血が上っている俺は、唐突にそう詰した。
 意味のつかめないレオニスは、どう対応したら分からない様子で俺の出方を伺っているようだ。

「どう……というのは?」

「メイのことだ」

「………」

 レオニスは無言でソファに腰掛けた。そして俺にも坐るように促したが、俺は座らなかった。彼がどういうつもりなのか聞き出すまで、決して気を許すまいと、そう思っていた。
 そんな頑なな態度の俺を見てレオニスは溜息をつくと、出されていたコーヒーを一口飲んで溜息をつく。
 その大人の余裕を見せつけるかのようなその態度が、俺をいっそう苛立たせた。

「あいつを……、……妾にでもするつもりなんですかっ!?」

「!?」

「結婚するつもりもないのに一緒に住もうだなんて、いったいあんたは何を考えてる? 都合のいいようにあいつを利用するなんて、俺は絶対に許さないっ」

「……許さない…?」

 秀麗な眉を顰めて、レオニスは俺をじっと見つめた。
 ガラス細工のようなブルーの瞳に何か不思議な色が上っている。

 落胆…?
 侮蔑……?
 同情…?
 嫉妬…?

 けれど、その不思議な感情の色を理解するに、俺は余りにも幼すぎたのだ。

「メイを………好きなのか?」

「!!」

 レオニスの言葉に、俺は後頭部を一撃されたようなショックを受けた。
 ……好き?
 俺が……あいつを……?
 ストレートな問いかけは、俺を絶句させるに充分で。
 そして俺は………自分の心を知ってしまった。
 最初は面倒だったはずだ。
 自分以外の誰かの世話をやくなんて。
 それがいつの頃からだろう……。あいつから目が離せなくなってしまったのは。
 ころころ変わる表情。
 それに合わせて動く、榛色の大きな瞳。
 笑ったり、怒ったり…。
 いつも騒ぎの中心はあいつで、何をしでかすか気が気でなくて。
 それがいつの間にかこんなに大きく俺の心を占めていたなんて……。
 でも……。
 どうして今頃気付くんだ…?
 気が付かない方が良かった。こんな想いなら。
 あいつの心が俺にないことを知っているのだから。

「自分は……メイを愛してる」

 淡々と、レオニスは言った。
 俺は捨てられた子犬のような気分でレオニスを見た。
 彼の瞳の中に揺るぎ無い真実を見つけて、さらに打ちのめされた。
 頭の中に血が上って後先考えずにここに来てしまった自分が、酷く惨めに感じた。
 それでも俺の口は留まることを忘れたかのように、言葉を紡いでいた。

「あいつは……もとの世界に戻らないと言った。それに……結婚する気もないと…」

「なに?」

「それでもあんたと一緒に住む気らしい…」

「……」

 しばらくの間、二人は無言になった。
 俺はどう言葉を続けて良いのか分からず、また、立ち去るきっかけもないまま立ちつくしていた。
 やがてけたたましい足音がその沈黙を破るまで。

「あっれぇ~~? キールっ? どうしたの? こんなところで」

 俺とレオニスの間に流れる重苦しい空気をものともせず、あいつはあっけらかんと言い放つ。
 どう説明していいか分からずに、俺は黙ったままでいた。
 もちろん、レオニスも黙ったままだった。

「う~~ん、いろいろ必要なもの買ってたら遅くなっちゃった。ゴメンね、たいちょー」

「……」

「どうしたの?」

 だんまりを決め込んでいるレオニスに、さすがのメイも不信感を覚えたらしい。

「ねえぇぇぇ~~? ふたりともぉ~」

「…メイ、すまないがこの話は少し、保留にしてもらえないか?」

 低いレオニスの声に、あいつの瞳が大きく見開かれ、その意味を噛みしめているのだろうユラユラと揺れている。そして、その瞳が僅かに潤みを帯びた。
 ……でも泣かない。
 あいつは……泣かない。

「研究院も財政が苦しいだろう。…だからすぐに町で部屋を探してやる。それでいいか?」

 レオニスの言葉は、メイに語りかけていながら俺にも問いかけているかのようだった。

「うん、わかった」

 あいつは頷く。
 いとも容易いことのように、気軽に。
 あいつの事を好きなんだろうに……。
 レオニスを前にしたメイを見て、俺は確信した。



“メイが好きなのはあいつだ…”



 上気した頬。
 俺を見つめる視線にはない熱。

(メイを苦しめているのは誰だ……?)

 俺は自問する。

(………そう。……俺だ……。一番あいつの幸せを望んでいるんだよな、俺は……たぶん。……俺が……彼女を苦しめている……俺は……)

 結婚するつもりはない…と、メイは言った。
 彼女の言葉でレオニスもそのつもりではないと、そう思った。
 だから俺は激高したんだ。
 彼女に幸せになって欲しかった。
 肉欲の為だけの同居に、あいつの幸せが見いだせる訳はないとそう思っていた。
 俺が乗り込んできたことで、レオニスがその意趣を変える。やっぱり簡単に切り捨てられる感情だったんだ、あいつの事は…。
 あいつを愛していると言っておきながら……っっ!

「どうしてそうなるんだっっ!? メイを愛してるんじゃなかったのかっ!」

 俺はとうとう自分を抑えられなくなって、レオニスに掴みかかった。
 何一つ抵抗する兆しも見せない彼を、俺は馬鹿にされているのだと感じた。

「結婚する気もないくせに、一緒に住もうだなんてっ! メイをなんだと思ってるんだっ! 俺が……俺が少し言ったぐらいで、早くも彼女を捨てる気かよっ!」

 右手が、レオニスの頬を捉えていた。
 そのまま慣性にならって彼が床に膝を付く。

「その気もないくせに、愛してると言ったのかよっ!」

 その言葉にレオニスの瞳がぎらりと光る。
 次の瞬間…。

「!!」

 俺は頬に焼け付くような痛みを感じて、床に倒れていた。
 思いがけない展開に動けずにいるメイが視界の端に映っている。

「自分は……嘘は言わない」

 切れた口の端を拭いながら、レオニスは言った。

「メイを愛している。…生涯、俺の側にいて欲しいと……そう思っている」

「隊長…」

 思いがけない事を聞いたかのように、驚きでメイの瞳が見開かれた。
 一体どういうことだ?
 その時俺はやっと、言葉のすれ違いに気が付いた。

「どういうことなんだ? メイ? おまえ俺に結婚するつもりはないって、そう言ったよな…」

「…うん」

 不安を隠しきれない様子で、メイが頷く。

「今聞いた言葉…。……どう考えてもレオニスは結婚するつもりでいるじゃないか」

「う……うん…」

 はっきり言って、俺はこの瞬間気が抜けた。
 メイの言葉を額面通りに受け取って激高した自分が、とても馬鹿みたいに思えた。

「だっ、だって、隊長、私にそんな風に言わなかったじゃないっ」

 メイの矛先がレオニスに向く。
 そんな彼女に当惑したように狼狽える彼が、なんだか俺はとても可愛らしく ─── 恋敵をそんなふうに思うなんてどうかしているとは思うが ─── 今まで抱いていた彼のイメージが音を立てて崩れていくのを感じた。

「“いつまでも研究院に迷惑をかけてる訳にはいかんだろうから、俺の館に移ってこないか?”って……。だから私……、」

「……プロポーズの……つもりだったんだがな…」

「へっ?」

 俺とレオニスはすっかり呆れて、彼女を見た。

「……ぷろ……ぽーず…?」

「その言葉の前に言っただろう? “お前を手放したくない”と。…“側にいて欲しい”とも言った」

「……そ…だっけ?」

 その瞬間を思い出したのか、みるみるメイの顔に朱がさし込む。
 ……やってられないぞ……まったく。
 あいつの早とちりに乗せられて自分の感情をひけらかしてしまった。
 後悔しても遅いが、今、冷静になったおかげで先程レオニスが何故「この話をなかったことにする」と言い出したのか、検討が付いた。
 俺を気遣ったこともあったのだろうが、おそらく、あれが彼女の返事だと思ったのだ。
 研究院に居候させて貰っている肩身の狭さで、それ故、自分の元にくることをOKしたのだと…。
 そう思って落胆した。そしてメイも自分を愛してくれてると自惚れていた自分への侮蔑。俺への同情と嫉妬…。
 そして最終的に彼女にとって最もいいと思われることを考えたのだ。
 一番の不安は彼女の居場所。
 取り敢えずそれを解消しようと。

「………帰る」

 それだけ言って俺は背を向けた。
 これ以上の長居は不要だ。
 彼女が幸せになれるのなら……。
 俺はそれ以上を望まない。

「キール」

「キール殿…」

 俺は後ろ手に手を振って、何も言うなと訴える。

「自分は……、貴殿を殴った事、謝罪するつもりはないですから」

「分かってます」

 簡潔に答える。

「俺も……、あなたを殴った事は謝らない」

「はい」

 薄暗い廊下を案内もなしに歩いて、俺は眩しい陽の下に出た。
 余りの眩しさに手をかざしながら何か一つ、吹っ切れて、成長したような気がした。
 この太陽のように、俺の中のあいつはいつも笑っていた。

 “ありがとー”

 そう笑いかけてくれたことが、何故かとても懐かしく感じた。
 そう。今は過去形で言うことが出来る。
 あいつを好きな気持ちはまだ心の中に息づいているが、それよりも何よりも、あいつの幸せを素直に祝福できる自分がいることを、俺は、そんな自分を誇らしく思えた。

…end




失恋したのに何故かすがすがしいキール君。
プロポーズされても気付かないメイちゃんを書きたかったんです~(^o^;;
ごめんね、キール、たいちょーの次に好きよ~。
王道のカップリングをぶち壊す私…(^o^;;