「ここは……学校?」
そっか…。
私戻ってきたんだ……。
懐かしい、私の名を呼ぶ友達の声。
くしゃくしゃに泣き濡れた両親の顔。
そんな中で私の心は妙に冷めていた…。
あの日から四年の月日が流れていた。
「メイ、早くしないと遅刻するわよ…」
母さんの声が遠くで聞こえる。
そうだ……。ここは現代…。あそことは違う…。
目覚める時、いつも違和感を感じてしまう。
どうして?
そんな朝を迎える様になってからもう「3×365+360」日目。
毎朝出勤している筈の道。
それで良いはずなのに何故か懐かしい苔生した石畳。
いつも考えてしまう。
『ココハ私ノイル場所ジャナイ』
パンプスのつま先でアスファルトを蹴りながらバスを待つ。
「いい加減……忘れさせて欲しいよ」
離れて初めて知った想い。
『スキ…』
時が経つに連れ深まる想い。
『アイシテル…』
それはこの世界に対する罪悪感とともに日々心の中を占め、私の良心を苦しめる。
誰かを愛すれば変われると思った。
誰かを愛すれば忘れられると…。
それが間違っていたと気付いたのは最近。
一年ほど前に付き合ってくれと告白され、軽い気持ちで頷いた。
9月の私の誕生日の日、小さな箱のプレゼントを渡しながら彼は私を抱きしめる。
「メイ……、愛してる」
ゆっくりと近づいてくる顔。
耐えられなくなった私は思わず抱擁を振り解いていた。
「ごめんなさい…、ごめ……ん」
「いや……、いいんだ。突然過ぎたよね、こっちこそごめん」
優しい人なのだ、彼は。どっかの誰かとは全然違う。
比べちゃいけないと思いながら、つい比べてしまう。
こんな時、あいつだったら絶対に謝らない。
あいつだったら…。
「どうしたの? 藤原さん…?」
いけない…。ここは会社だった。
知らないうちに涙が流れていた。
向かいのデスクの先輩が眉をひそめて私を見ていた。
「あはっ、なんでもないです。ちょっと寝不足で目が痛いかな~…、なんて」
いつもの様に、明るく明るく…。
「そう?」
この世界は退屈だ。
…あいつのいない世界は退屈。
今日はクリスマス・イブ。
「4×365」日目。
“いい人”の彼が一緒に過ごそうって誘ってくれたが、この日の私の予定は4年前から決まっている。
そう。
あの日私が帰ってきた場所。
私の中の時計が時を刻むことを忘れた場所。
母校の正門の前で、白くけむる息を手に吹きかけながら、私は待っていた。
夕日で門が赤く染まるのを。
今日はどんよりと曇っているけれど、「もしかしたら…」の儚い希望を抱いて、あの日と同じように、同じ日に、同じ時で。
それでも奇跡は起きなかった。
「……?」
何か柔らかいモノが足元をくすぐっている。
「…子犬…?」
足に怪我をしていた。かわいそうに、何かに引っかかったのか、それとも自転車か何かにひかれたのか…。
「おいで……」
私はよろよろしている子犬を抱き上げる。
この子も一人なんだね…。
大勢の、優しい人に囲まれているのに、私はいつも孤独だった。
その他大勢よりもただ一人の人がいいと思うのは我が侭なんだろうか…?
母さんも父さんも変わってしまった私にいつもこう言う。
『死んでしまったと思っていたお前が帰ってきてくれて本当に嬉しい。けれど、そんな風に無理をしているお前を見ていると、それが本当にお前にとっていいことだったのだろうかと考えてしまうよ』
両親には隠せなかった。
いくら一生懸命、前と同じように天真爛漫に明るく振る舞おうとしても、心から離れない想いがあることを。
『お前がいない時、私たちは本当に悲しかったけれど…、その時がお前にとって幸せな時なら……、無理することはないんだよ』
そう言ってくれたけれど。
私にはあいつの所へ帰る術が分からない。
口が悪いあいつ。
いつも怒っていて、何かと言うと勉強しろと説教する。
一人が好きで、部屋にいないときは書庫か森の中で熱心に勉強していたっけ。
人間が嫌いだと言ってたくせに、妙に世話好きで…。
本当は照れ屋で優しいくせに、それをいつも表に出さないでいた。
冷めた振りして……本当は誰よりもかまって欲しいくせに。
後から後から……溢れ出してくる思い出。
セピア色に変わるどころか、16bitのフルカラーで甦ってくるよ。
信じられないくらい鮮やかに…。
ひらっ ───
白いモノが目の前を通り過ぎる。
「雪……?」
気が付けば雪が降り出していた。
どのくらい立っていたんだろう?
手も足も身体も、すっかり冷え切っていた。
「…ごめんね…、寒かったね」
無意識に手をかざしていた。
深層に刻まれた力ある言葉。
─── “慈愛深き緑の君よ・・・我は乞う。
祈りて、請う。
優しき御手を我が手に重ね、
癒しのちからを与えたまえ。” ───
光が。
力が。
かざした手に宿り、暖かく降り注ぐ。
みるみる癒えていく傷跡。
私の中に、確かに魔法が息づいている。
それはあの世界の事が夢じゃなかった証拠。
ただ一つ、あいつと私を繋ぐ絆。
「!!」
何かがひらめいた。
私の中に奇跡の力があるなら……。
奇跡を起こすのは私自身だ!
呪文なんか分からない。
失敗すれば本当に死んでしまうかもしれない。
あいつのいない別のところに行ってしまうかもしれない。
……あいつは迷惑かもしれない……。
それでも、今よりはずっとましだってこと。
何もしないまま後悔の人生を送るより、自分の幸せを求めてもいいよね。
お父さん、お母さん、ごめんなさい…。
─── “緑優しき大いなる女神よ・・・全てを司るもの。
その永久なる時間の輪に我が身を委ねる。
等しく導き給え……、等しく指し示したまえ。
女神の力溢れる彼の地へ。緑豊かな悠久の地へ。” ───
会いたいの…。
『魔法は祈りだ』
そばにいたいの…。
『内なる願いがその力を引き出す』
一人はいやなのっ。
『他人を頼るな。自分の力で真実を見付けろ』
キールっっ!!
頭痛がした。
頭を締め付けられる痛みと酷い耳鳴り。
そして白く歪む視界に薄れてゆきそうな意識。
どんどんそれは強くなり…。
暗転する視界。
果てしなく落ちて行く…、いえ、違う……、無重力に漂っているような浮遊感。
『キール……』
そしていきなり放り出された。
─── どさっっ・・・
「うわっ」
「あいたたた……」
ん…? 投げ出されたわりにはなんだか痛くない。
土の上か、下手をすると固い床の上を覚悟していた私は、思わぬクッションに感謝しながら恐る恐る目を開けた。
「……?」
「メイっ!?」
「……」
「メイかっ? 本当に?」
「……キール…?」
「魔法が……成功したのか……?」
柔らかいクッションは、あれほどに会いたいと願っていたキールだった。
「うっわーっっ!! やったっ、キールだよねっ? 本物のキールだよね?」
私は思わず彼の首にしがみつき、夢じゃないことを確かめたくて、彼の頬をつねってみる。
「い、痛いじゃないかっ」
「キールだよねっ? 生きてる、本物のキールだよねっ? ねっ?」
「当たり前じゃないかっ。相変わらず人の話を聞かない奴だな」
「少し大人っぽくなったね。…そうだよね、あれから四年も経ってるし。でもその眼鏡は変わらないんだね。髪は少し伸ばしてるみたいだけど…」
「おい」
「その嫌みな口調も変わらないしね。でも…あの頃に比べて…」
その時、私はやっと自分がキールにしがみついて、あの頃よりも逞しくなった彼の上に乗っている事に気付いて慌てた。
「あっ、……ごめんっ、重いよねっ、今、どくから…」
「いいよっ」
「えっ?」
ふわりっと、私は暖かい腕に包まれて…。
「…何度も……初めてお前を呼びだした部屋で魔法陣を試してみた。…分かっていたんだ…迷惑だって…。何度も失敗して…、それでもあきらめられなくてまた新たに魔法陣を組み直して…。
今夜は初心に戻ってみたんだ。自分の部屋で……基本の魔法陣を敷いて。
もう四年だ……。いつまでも気長に続けるつもりだったのに……。おまえに会いたくて…、その減らない口と、いつでも人の話を聞かない失礼なおまえにもう一度だけでいい、会いたくて…もう気が狂いそうだった」
「キール…」
「“ちからある言葉”で、ただ一つの願いを口にした。召喚の呪文じゃなくて、…願いをな…。…また迷惑をかけたな」
「ううん…」
遠慮していたのはお互い様…。
「私も……あんたのめーわく、考えてなかったから……いっしょだよ」
「……もう…帰らないでくれ……。こんな事…本当は言っちゃいけないことなんだが…。一度だけ…言わせてくれ。あの時、言えなくて死ぬほど後悔した。もう……そんな後悔は二度としたくない…。
……帰らないで……俺のそばに……いて…ほしい」
抱擁が強くなって、私は息が止まる程の幸福感に包まれる。
私が望んでいたのはこの腕。
この人の住む世界。
この人のそば。
…もう離れないっ。
「……あの部屋…、まだ空いてる?」
「…いや…、上からのお達しで、勿体ないからちゃんと使えと…」
「じゃあ、この部屋でもいいや。…おいてくれる?」
「…メイ…」
「もちろん、ずっと……だよ」
奇跡は……
みずから導くもの……だよね。
END
うっわー……、凄い…。二時間程で書き上げてしまいました…。
やっぱり書きたいときに書けると違うな…。いつもこんな風に書きたいモノ…。
…と、ゆーわけで、「ファンタ」初作、「奇跡~MIRACLE」をお贈りします。
カップリングは私が最初にLLEDを迎えた、メイ×キール。
キールのあの少し照れてる感じが好き。