gift for kana
「……桜……がみたいな……」
「桜……ですか?」
呪詛も浄化し、青龍を解放するまでにすることはもうほとんど残っていない……。
そんなある日、朝早くから迎えにきた頼久にあかねはそう言った。
「分かりました」
そして頼久が案内したのは、白い桜が満開の墨染であった。
(私はどうしてここに来たのだろう…)
桜が見たいと言われた時、思い付いたのはここしかなかった。
ここに来る時はいつも一人。
一人でなければ辛すぎて…。他の者を気遣う余裕などなくて……。
(だからいつも一人で来ていたのに…。どうして……?)
舞い散る桜吹雪の中、はしゃいでいるあかねから瞬間注意がそれる。
(ここは私が罪を受ける場所。……決して己を許さぬために、律するために来る場所のはず…)
頼久が俯いて考えこんでいると、不意に下からあかねの顔が覗き込んだ。
「どうしたんですか? 心のかけらのおかげで、何か思い出したんですか?」
「み、神子殿っ」
余りに突然の出来事だったので、何ら構えていなかった頼久は驚いて年相応の素の表情をみせた。
「頼久さんっっ」
「は、はい」
「頼久さんて………」
(あんな表情もするんだ……)
いつも表情を引き締め、気を張っていて、およそ笑うだとかぼんやりするだとか……。そんな表情などみたことがなかった。
この頃は打ち解けてくれて、時折微笑を浮かべてくれることもあるが。
不意打ちだったとはいえ、彼の人間らしい表情を見て、あかねはなんだかすっかり楽しくなってきた。
「……? 私が……何か?」
「……ううん、な~んでもない」
蝶のように気紛れに……。
くるりと踵を返して再び舞い散る花弁と戯れるあかねを呆然と見て、頼久はそんな風に思った。
(ここにいるのは花に舞う蝶……)
そう思うと何故か、彼女をここに連れて来た事が納得できるような気がした。
「兄の事を……」
「え?」
「兄の事を思い出しました……」
頼久の次の言葉を待って、あかねはこちらをじっと見ている。
その瞳に吸いこまれるように、頼久は足下をしっかり踏みしめながら彼女に近付いた。
「武家団の棟梁をしていた父の元、兄は父の後を継ぐに相応しい、立派な人物でした。武士達は皆兄を慕い、そして私も尊敬していました。………いえ、今も兄は私の目標です」
光に透けて緑がかったあかねの瞳は、何の気負いもなく頼久を見上げている。
今まで自分が不自然に気負っていたこと……。
彼女の瞳と対峙することで、頼久はそんな不必要な力が肩から抜けていくのを感じていた。それと同時に、彼女の目を真っ直ぐに見られない自分に気付く。
彼は自然と視線を逸らせていた。
「その兄が私のせいで死んだ……。功を焦り、兄の言う事など聞く耳持たなかった。自分がこうだと信じてやったことが……、結果として兄を死なせてしまった。
……今際の際に兄は私に言いました。「……己をもっと信じろ…」と。
でも私は自分で自分が信じられない。武士は武士らしく、主の言葉のみに従って行動していれば兄は死なずにすんだ。
だから私は……これから先の人生はすべて主のために捧げようと、そう決意したのです」
自分が今どんな表情をして、誰にも話した事のない胸の内を語っているのか、頼久は他人事のように考えていた。
(きっと……厳しく、神子殿にしてみれば怖いぐらいに引きつった顔をしていることだろう……)
今神子は頼久の表情を見て怯えているに違いないと思うと、尚更彼女の顔を見る事が出来ずにいた。
そんな頼久の頬にそっと暖かいものが触れる。
「泣かないで…」
「……え?」
あかねの柔らかな指先が優しく頼久の目許をなぞる。
思わず移した視線の先の、あかねの白い指先が濡れているのを見て、頼久は初めて自分が泣いていたことを知った。
「頼久さんが自分を信じられなくても、私は頼久さんを信じてるもの。
だから自分の人生を他の人の為になんて、使わないで欲しい」
「神子殿っ」
反射的に、あかねの顔を見つめた。
同情か悲哀の色があると、頼久は思っていたが、予想に反して彼女は微笑んでいた。
「八葉として一生懸命京を守る頼久さんを私は知ってるもの。こんな……何も出来ない私を本気で心配して守ってくれる頼久さんを……私はちゃんと知ってる」
「神子殿…」
頼久はあかねの声を夢か幻のようにぼんやりと聞いていた。
花弁が雨のように白く舞い、そのせいで当たり一面光輝いて見える。
とてもうつつの出来事とは思えなかった。
自分の中の重い石のようにつかえていた出来事を語ったというのに、どうしてこれほどにすらすらと、何のためらいもなく言えたのだろう?
そしてどうして自分は………。
神子の言葉がこんなに嬉しいのだろうか…?
「私は龍神の神子にお仕えする八葉。あなたをお守りするのは当然のことです……」
あかねは微笑んで首を振る。
「私は武士である頼久さんを知らないもの。八葉の頼久さんしか知らない。
私が知ってる八葉の頼久さんは、私を誠心誠意、守ってくれてる」
「主を守るのは臣下として当然のこと…」
「違うよ、臣下じゃない。
使命でも、なんでも。頼久さんが私を本気で守ってくれてることに違いないもの。それに頼久さんは事あるごとに臣下、臣下って言うけど……。それなら私も頼久さんの臣下になるんだね。だって私も本気で頼久さんのこと守りたいって思う。京のこと……今は本当に守りたいって思ってる……。同じ志を持つ人を“同志”っていうんでしょ?
頼久さんと私は同志かもしれないけど、決して主と臣下じゃないよ」
どうしてこの人は………。
(なぜ、こんなに必死になるんだろうか…?)
頼久は呆然と、ただただ一生懸命説明するあかねの顔を見つめていた。
(私が信じる道を、武士としての道をどうしてこんなにむきになって否定するんだろうか…。………信じてる? 自分で自分自身を信じていないと豪語しているのに、私は自分の信じる道というものがある……。…………矛盾してる…)
何故か、おかしくなってきた。
こみ上げる微笑が止められずに、口の端に上る。
(矛盾している思いをずっと真実だと思ってきた私が、それを悟らせてくれた相手をずっとお守りしてきたつもりなどと……片腹いたいな…)
いつも新たな想いに気付かせられる。
彼女のそばにいると。
彼女と言葉を交わしていると……。
(私が振りまわす武士道などより、たとえこじつけであっても神子殿の理論の方が、説得力があるとは…)
「頼久さん?」
黙したまま微笑む彼を、あかねが下から覗き込む。
「聞いてますぅ???」
頼久は微笑んだ。
心の底から微笑みたいと、そう感じ、そしてそれを素直に出す事が出来た。
────── どちらでもいいではないか
「はい。聞いていますよ、神子殿。
やはりあなたは私の主です」
今まで一度も見たことがない、屈託のない微笑を向けられて、あかねは思わず頬を染めた。
照れ隠しなのか、ぷっと頬を僅かに膨らませて横をむくと、頼久に言った。
「もー、いいですっ。わかりましたっ。
じゃあ、武士の頼久さん、龍神の神子の元宮あかねのお願いです。そこに座って下さい。今からおしおきしますっ」
「えっ??」
「いいから、座って下さい」
「は、はい……」
頼久が訳も分からずその場に座る。
「これで…いいのですか?」
「はい」
返事とともに素早くあかねは屈み込むと、彼の八葉の証しである、左耳上部の宝玉に掠めるような口付けをした。
「!!!!」
「お仕置きです」
微かに頬を上気させてあくまであかねはそう言う。
「み、神子……どのっ…」
頼久は酷く動揺していた。
首筋まで紅くして、その顔は“八葉で武士である源頼久”ではなく……。
「うふふふ、頼久さんて………、そーんな顔もするんですね」
「神子殿っっ」
微かではあったが、確かに触れた、唇。
宝玉から伝わった熱が身体中に広がっていくような気がして、頼久は再び微笑を浮かべている自分を感じていた。
「帰りますよ~~、頼久さ~ん」
「お待ち下さいっ。そんなに走るとまた転びます」
「あっ、ひどーい。また“おしおき”?」
「神子殿っっ」
(こんな気持ちで、微笑みながら墨染の地を後に出来る日がくるとは……)
頼久は、先を小走りにゆくあかねの後を追いかけながら、またしても舞い散る桜の花弁と戯れる蝶を思った。
飽くなく散っていたのは自分であったのか………と。
kanaさんのキリ番リクエストです。
なんか二人の世界……。
予定よりもLOVE・LOVEで、心のかけらも五、六個集まっていそうな雰囲気(^^;;)